私は単なる犬好きだ。
動物の専門教育も受けていないし、資格も持っていない。
だが仙台に住んでいた頃から、平日はほぼ毎日、夏も冬も、シェルターの犬の世話に4年間通っていた。この仙台のシェルターについては後ほど触れる。東日本震災後は、そこと掛け持ちして、被災犬保護本部となった宮城県動物愛護センターへ1年間通った。
友達からみたら私は『よっぽど好きでないと出来ないよね』な部類であり、その通りである。
そして、『よっぽど好きでないと出来ない』部類の人間ばかりがボランティアに集まっている場所の1つが、現在通っている、熊本県動物愛護センターだ。
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『よっぽど好きでないと出来ない』(しつこいけど)のは、宮城県動物愛護センターに被災犬の散歩ボランティアに来ていた仲間たちも同じだった。なぜなら、この2つの動物愛護センターは、どちらも元々、犬猫の殺処分施設だったからだ。

市街地からは離れた目立たない場所にあり、人目を避けてひっそりと佇むような、誰もが目を背けて、あるいは白い目で見ながら通り過ぎるような場所、犬たちの命の終着駅である。そこに承知の上でボランティアに来る人間は、単に犬が好きなだけではつとまらない。『よっぽど好き』でなければ、というのが、自分を含めての見解である。

そんな、『よっぽど犬が好き』な私がもし『殺処分ゼロに反対』と言いだしたら、親切な友達はきっと、指摘するだろう。『ねえねえ、誤入力してるよ、ゼロに反対ってなってるよ』と。
私は『あっ、ほんとだ間違えた!教えてくれてサンキュー🎵』
と、しかしながら、実はならない。殺処分ゼロの現場を知った今の私は。

正確に言えば、殺処分ゼロは『今のままでは』不可能である、ということだ。

そう聞いて不思議そうにしている友達に私は説明を始めるだろう。私が血迷ったか、なにか新しい宗教にでも毒されたかと心配するかもしれないが、私は血迷ってもいないし、謎の宗教にも入っていない。前と変わらず、ただの単なる犬好きだ。そんな私の説明を、これを読み始めてくれたあなたにも聞いて欲しい。

例えばある日、街を歩いていたあなた。すると街頭で、どこかの動物愛護団体が、なにやらのぼり旗なんかをたてて、暗くて狭い檻の中に入れられた犬たちの写真を見せながら、大きな声でなんか叫んでいる。なんだろうよくわからない。関わり合いたくない。さっさと通り過ぎよう。すると愛護団体員の1人が署名用紙を挟んだバインダーを持ってあなたに近づいて来る。
『殺処分ゼロにご協力ください』(ニコッ)
ああなるほどね、殺処分ゼロか。
途端にあなたは警戒心を解き、それならば喜んで協力しましょうと、ボールペンを取る。
これは、少し前までの私の姿でもある。

今年の春に、熊本県は知事が殺処分ゼロを目指す、と宣言した。名称も、熊本県動物管理センターから、熊本県動物愛護センターに変わった。輝かしい幕開け。どの都道府県も苦慮していて、犬好きな人間たちを悲しませて来た殺処分がここ熊本では幕を閉じる!
この時点では、私もまだ喜んでいた。
このセンターで、もう辛いことはない。悲しむこともない。犬たちは幸せになれるんだ。
センターに通い続けていなければ、私は今でもそう思っていただろう。熊本県は殺処分のない幸せな県になったのだと。
3月末の知事の会見。わくわく、ドキドキ。これからどんなふうに変わっていくのかな。
4月になり、あれ?なにも起こらない。
人員も前と変わらない。
施設も大きくなる訳でもない。
各保健所から犬たちは変わらず搬入されてくる。
相変わらず2人や3人の少人数で、へとへとになりながら犬たちの世話に明け暮れる。
5月が過ぎ、6月に。
適正収容頭数が20頭のセンターに、この頃すでに80頭近い犬猫たちがいた。
駐車場にも建物の隙間にも所狭しと犬たちを繋ぎ、行き場所がなく大部屋から出られない犬たちの中から感染症が発生し始める。それが序章だった。
7月になり8月になり、焼け付くアスファルトにつながれ、照りつける日差しに喘ぐ犬たちを守るため、ボランティアたちが自腹で、寒冷紗やパラソルを買って来て設置し始める。太陽が移動するたびに、70頭の犬たちのパラソルの角度を変えて回る。バケツの水をこぼしている犬がいないか見て回る。いつまでこんな日々が続くんだ、嘘だろう?命を落とす犬たちも出て来た。
犬たちと共に暑さと体力の限界に喘ぐ私たちを置き去りにして、県の予算でセンターに豪華な看板がつけられた。看板?その前にやることがあるのでは。

9月。秋になる頃ようやく臨時を含む職員さんが数名増え、譲渡対象の犬たちの散歩がしやすくなった。だが、収容限界をとうに超えたセンターにはもう犬をつなぐ場所もない。
人間に捨てられた犬たちはどんどん運ばれてくるが、もう大部屋にしか居場所がない。
大部屋の犬たちは散歩にも行けず、陽の光を浴びることもなく、名前を呼ばれることもなく、必要な医療も受けられない。センターに常駐の獣医師すらいないため、週一回、診療の合間をぬって駆けつけてくださる動物病院の先生1人では到底、大部屋まで手が回らないからだ。

さきほどあなたが街頭で、『殺処分ゼロにご協力を』と言われて見せられた、檻の中の、悲しげな犬たちの写真。その光景は、殺処分ゼロになったらなくなるどころか、出口がないゆえにさらに詰め込まれて、酷さが増すだけなのだ。

もし、街頭で呼び止められて、こう言われたらどうだろう。
『前進も後退も出来ない、身動きの取れない檻の中に詰め込まれて、苦しみの叫びをあげ続けているニワトリを救うために、署名にご協力ください』
やさしいあなたはもちろん署名を断らないだろう。可哀想なニワトリさんのために署名をしてあげよう。だがその帰り道のスーパーで、1パック118円の安売りたまごを見かけたら、あらラッキー🎵と手に取るのではないだろうか。安売りのたまごは、檻に詰め込まれ、心身を蝕まれ悲鳴をあげている鶏のたまごである。詳しくはこのブログの1つ前の記事をあとで読んで頂きたい。
このことと、殺処分ゼロに手放しで賛成することは状況はまったく同じである。

大量生産的に鶏を飼育するために詰め込む檻のことを、バタリーケージと呼ぶそうだ。
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これと同じような状況が、殺処分ゼロ以降、搬入され続けている犬たちに強いられている。
譲渡対象犬たちのお散歩風景だけを見ていれば、ほのぼのして、『ボランティアさんたち、ご苦労様です、癒されます』で済むかもしれない。だが、私たちはその裏で、生き地獄を味わっている、鶏のバタリーケージと変わらない犬たちの現実にも直面する。だから『よっぽど好きでないと出来ない』のである。

その犬たちの写真を見せようと思えば見せられるかもしれない。だが、ボランティアさんの中にすら、精神的に辛すぎてその部屋に入れない人もいるくらいだから、いたずらにそんな辛い写真を出して感情的に訴えたくはない。だから私はなんとか言葉で伝えようと思う。

殺処分ゼロを押し付けられた現場は心身をすり減らし、息絶え絶えの状態で日々をつないでいる。
それでも世間は『殺処分ゼロになってよかったよかった』で通り過ぎる。たまごが安売りでラッキーだった、と感じるのと仕組みは同じだ。

現在、熊本県動物愛護センターに収容されている犬猫は130頭を超えた。平成28年度時点で、全国の保健所、愛護センターに収容されている犬猫の数は50,000頭を軽く超えている。(環境省HPより)そんな中にあっても、平気で日本のペットショップでは生体販売が行われ、客が群がるからその商売は無くならない。

ペット先進国のドイツは殺処分ゼロじゃないか。日本もそれに従うべきだ?そもそもドイツではペットショップで子犬を販売することがなく、人々は犬を飼おうと思ったら、犬の保護施設に行くのがあたりまえになっている。土台からして、動物愛護後進国の日本とは、在り方が違うのだ。

よっぽどの犬好きである私たちでさえ、涙ながらに『もう楽にしてやって』と苦しむ現状にあって、今のままの日本で殺処分ゼロが成功するはずがないと断言できる。殺処分ゼロが宣言されるたびに、私たちのように苦しむボランティアたちが増えるだけだ。
『殺処分ゼロに!』と声高に叫んでいる人たちの中に、末端の殺処分施設で犬たちの世話を実際にしたことがある人間がどれ程いるのだろうか。
いや、これはイヤミじゃなく純粋な疑問だ。
殺処分施設の犬たちの世話を実際に半年間でも続けてみて、それでもなお、殺処分ゼロを!と叫んでいる方がもしいらっしゃるなら是非ともお話を伺いたい。そこの自治体は、きっと現場のことを理解し、施設も整い、犬たちの医療も行き届いているはずだからだ。どうすればそう出来るのか、是非、熊本県にお知恵を貸して頂きたいのだ。

もちろん、捨てられた犬たちが一頭も殺処分されない夢のような時代が来ればそれに越したことはない。だがそれには、一頭足りとも、犬らしい生活、犬らしい環境、生きるに必要な医療を十分に受けられるという条件から外れないことが必要だ。今のように、鶏のバタリーケージのように、詰め込むだけ詰め込んで、殺処分ゼロと喜んでいる社会がまっとうだとは思えない。
バタリーケージの鶏でさえ、1年半もすれば、心身ともにボロ雑巾のように痛めつけられて最後は食肉になり、生き地獄から楽になれるというのに、犬たちは、殺処分ゼロの大看板のもと、最後の命の尊厳(楽になること)すら許されない。
ここでは言葉足らずになるため、お肉になる動物に関しては、1つ前の記事で詳しく書いているからあとで読んで見てください。

冒頭に書いた、仙台のシェルターについて。
私が通っていたのは、Sさんという1人の主婦の方が立ち上げた150匹犬猫ボランティアという愛護団体のシェルターだった。多頭崩壊して野犬状態になっていたおよそ200匹の犬たちを殺処分から救うため、街頭募金やあしながおじさんなどで募金を募り、犬たちを全頭引き取り、避妊去勢をし、里親さんに譲渡できる子は譲渡し、最終的に譲渡対象から外れた犬たちのためのシェルターを建てて、約15年に渡り、終生犬たちの面倒を見てきた。私が熊本に来て5年半になるがその間に、私が仙台時代を共に過ごした犬たちは老齢になり、1匹また1匹と、老衰や病気で虹の橋を渡った。彼らはSさんのおかげで、毎日を安全に、楽しく、豊かに過ごして、元々野犬だったとは思えない穏やかな犬になって、幸せに死んでいった。
下の写真は今から6年ほど前、私が世話をしていた時の犬たちの写真だ。
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今も存命している老犬は、いまはSさんが自宅に引き取って世話をしているそうだ。
私がボランティアに通っていた4年間の間、Sさんが体調不良や犬関係の用事以外で休んだり、旅行に行ったりということは見たことがなかった。365日休みなし。おちおち、風邪もひけない。他のことは何も出来ない。人生をかけてこの犬たちを守りきる、と決めたSさんの覚悟のもと、本当に彼女は犬たちを最後まで守りきった。
彼女こそ、『よっぽど好きでなければ出来ない』部類の人間だと思う。その彼女が運営するシェルターだが、シェルターのことを知るとここに犬を捨てに来たり、『引き取ってもらえませんか』と言ってくる輩がいる。無償でここまでやっている人間をさらに鞭打つことが平気で出来るのが、日本の社会だ。だから、団体はシェルターの場所を公表するのをやめた。いまいる150匹以外は一頭たりとも増やさない。それは、門を叩いた人間の抱いている犬の命を見捨てることにはなるだろう。だがそうしなければ、いまいる命を救うことなど出来ない。『よっぽど好きでなければ出来ない』部類の彼女の決断だ。

うまく説明できているのだろうか。
なにか皆さんに伝わればいいが、と願っている。

今の日本の現状では、いまある命を守るため、涙を飲まなければならない命もあるのではないのか、ということだ。檻に詰め込むだけ詰め込んで、餌と水だけ与えて生かし続ける、その生き地獄が殺処分ゼロだという現実を知って欲しい。
本当の意味での殺処分ゼロがいつか始まるためには、まずは自分の犬に責任を持つこと。最後まで面倒を見ること。迷子になったら諦めずに探すこと。
そのことに、尽きる。
先日の熊日新聞で、譲渡犬たちのしつけ、訓練、という県の政策が発表されていた。その前に、大部屋の子たちの苦しみをなんとかして欲しいというのが現場の願いだが、すこしでも現場の声が県に届くことを願っている。
ちなみに、熊本県動物愛護センターを運営しているのは、県から委託された会社なので、ここに県の職員は1人もいません。そのため、現場の声が届かないので、私たちはこの記事にある、一般の意見公募にも、声を届けるつもりです。
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熊本県動物愛護センター
いちボランティア
田代 友紀