幼心に今でも忘れらない

母の記憶で恥ずかしかったこと・・・

その時、私は小学校の

高学年頃・・・

 

めったに出かけない我が家は

とあるイベントに母と父と

出かけました。

確か北海道博覧会だったと思います。

会場が実家から車で5分ほどのところ・・・

 

大混雑の中、トイレに行きたくなり

母とトイレへいきました。

大渋滞で何分も待ち、あと3人ほどと

言う時、母と私は別の列に

並んでいたのですが

いきなり母は

私の2人前の人を押しのけて

空いた個室に入ったのです。

そして、出てくるなり、後ろの後ろの私に

 

あやこ入りなさい

 

と言うのです。

いきなり横入りされたその方は

怒りながら

 

並んでるんですけど!

 

と言っているのを無視して

 

早く!!

 

と言ってドアノブをつかんだまま

放しませんでした。

私は恥ずかしくて、周りの冷たい視線に

申し訳なくて

 

いい!!

 

と言い、

用も足さずにトイレをでました。

母は出てくるなり私に

 

何で入らなかったの!?

 

と怒るのです。

その後、母は始終機嫌が悪く

楽しい久しぶりの外出も台無しでした。

 

もうひとつ・・・

 

長男を出産するときの話です。

 

母はもうパーキンソン病と診断されており

病と闘っていました。

でも、症状はまだ深刻ではなく、

生活に多少の介助は必要でも

自分でできることもあり、私は

せめて両親に初孫の顔を

見せたいという気持ちと、

義母の北海道に帰って出産しなさい、

と言ってくれた言葉に甘えて

札幌へ里帰り出産をしました。

 

陣痛が始まって母は自分が体調も

あまりよくないのに、つきっきりで

背中や腰をさすってくれたのです。

なかなか陣痛が強くならない私に対して

陣痛室に来た他の方々は次々と

分娩室に行きます。

他のベッドからも苦しそうな

声が聞こえます。

隣にいた方は、後から入ってきて

私と同じように苦しんでいたのですが、

とうとう生まれそうになったのか?

痛みの声が大きくなりました。

その時、母は

 

もう!!うるさいわ!

 

と言ってしまったのです。

私は苦しいながらもその方に

申し訳なくて、カーテン越しに

 

お母さん!みんな頑張ってるんだよ!

そんなこと言わないで!!

 

と怒りながら、

 

すみません、すみません

 

と謝ったのを覚えています。

その方は多分痛みで朦朧として

聞いていないようでしたが

それが気になって

仕方ありませんでした。

 

うそでしょ?

 

と思われるエピソードですが

本当なのです。

母は度々こんな暴言を

他人に吐きました。

それで私や兄の友人関係も

壊されてしまったこともあります。

兄がそんな辛い思いを幼少期に

していたということを知ったのは

数年前のことです。

特に長男だったこともあり

母は兄を勉強勉強で育てました。

いわゆる教育ママです。

兄はそれが辛くて、少年野球も

小6の時母が勝手に辞める手続きを

してきたようで、中学生になると

兄は学校から帰ると

食事以外はほとんど部屋から

出てきませんでした。

 

お母さんと顔を合わせのが

嫌だった・・・

本当は中学校でも野球を

やりたかった

 

と・・・

兄は兄で母との関係で悩んでいたようです。

そんな母親のもとで育った

私たち兄妹は

どこか人を疑って

信用できないところがあるのです。