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2015年08月24日

Summer/01/2015

テーマ:映画



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2015年02月26日

アメリカン・スナイパー/American Sniper

テーマ:映画


 日本やベトナム、イラクなどに限らずアメリカはこれまで数々の戦争を戦ってきたが、アメリカ人にとって戦争とは海外へ戦いにいくものだ。兵士達は戦地へ赴き、無事に帰還するか、負傷して戻るか、戦死するかを家族は待つ事となる。南北戦争などアメリカが戦地となることはかつてはあったが、アメリカ人は現代において本土で戦闘が起きることは想定していまい。9.11でのテロはアメリカ人に戦争の現実をまざまざと見せつけた事件だったが、逆にアメリカ人を戦争へと駆り立ててしまった。

 クリントン・イーストウッドの「アメリカン・スナイパー」はイラク戦争で160人(公式)を射殺したスナイパー、クリス・カイルの半生を描いた映画だ。ウィキペディアでは公式は160人、非公式は255人となっているが人を殺すのに公式も非公式もあるのだろうか?これだけの数の人間を自分の祖国、家族や仲間達を助けるためとはいえ、殺さなければならない現実に対して葛藤を感じずにはいられないと思うし、自分たちを守るための戦いなのだと思い込まなければ、やって行く事はできまいだろう。

 クリスはイラクへ行く前に結婚式を挙げ、妻はひとりで赤ん坊を生み、育てながら夫を待つ事になる。アメリカで待っている妻からしてみれば、自分たちの暮らす日常と殺戮が行われている戦地とでは、実際の距離以上の遠さを感じているし、それは兵士でないアメリカ人も同じだろう。海外旅行でアメリカを訪れる日本人も同じだ。アメリカが戦争を遂行している国かどうかはアメリカにいては分からない。ところがアメリカにもすっと戦場は姿を表す。衛生電話と携帯で妻と話すクリスは、砂漠の街のある家の屋上で、今まさに人を殺そうと銃口を構えている。またある時は、携帯でしゃべっている最中に銃撃され、会話は途中で終わり聞こえるのは銃撃音だけだ。昔の国際電話のように雑音ばかりではなく、きっとクリアーに銃撃音や爆発音が聞こえ、すぐ側にいるような近さに聞こえることだと思う。携帯でつながったすぐ向こうでは夫が戦場で殺し合っているという妻にとっては耐えられない体験だったに違いない。またクリスが街で出会った健康そうな男はズボンの裾を上げ義足を見せクリスに命を救われたのだと言う。こうして日常のアメリカにも戦争は確実に忍び寄ってくる。派遣期間が終わるとクリスはアメリカで休暇を過ごす事になる。このアメリカをクリスはどう感じるのだろうか?自分の命や仲間の命をかけて必死になって守っているアメリカの現実を、アメリカに戻ったクリスは一体どんな気持ちで眺めているのだろうか?イラクの人達の命とアメリカで暮らす人達の命の重さに違いはあるのだろうか。愛しそうに自分の赤ん坊を抱くクリスは、イラクに行けば、その同じ手で子供でも武器を持っていれば射殺しなければならない。クリスにとって狂っているのは自分なのかアメリカに暮らすアメリカ人なのか分からなくなっていった。

 レジェンドというニックネームをもらったクリスは同時にイラク・アルカイダ側にとっては18,000ドルの賞金首でもある。しかしクリスはレジェンドであり、この映画の主人公であり決して負けることは許されない。任務を終えてアメリカに戻るクリスはPTSDに苦しむ様子が描かれるが、最終的にはそれすら克服する。それにしてもクリスはイラクにいる方が生き生きと見えるのはどういうことだろうか?まるでイラクという戦場が自分の庭であり、アメリカではぬるすぎる日常のよう振る舞うのだった。いやクリスにとっては戦場は男らしさを発揮する為の格好の場所だったに違いない。そもそも彼は子供時代からスナイパーだ、獲物を狩る事が任務であり、任務を成功裏に終えれば終える程周りの兵士達からは称賛されるスナイパーほど男としての原始の本能を呼び起こす任務はない、4度目の派遣を前に妻は「今度行くのなら帰って来た時には私と子供はいない」と言うのだったが、次の場面は輸送機からイラクに降り立ったクリスの姿だった。この時点でクリスは家族を捨て戦争を選んだ(帰って来ても妻子はいたけれども・・)。最後となるツアーの目的は死傷した仲間達の復讐とヒーローにとって必要不可欠な存在である敵側ライバル、アルカイダの元オリンピアン・凄腕スナイパーを仕留める為だった。そしてクリスは無事に任務を遂行して、敵に囲まれた状況で脱出直前にまた妻に戦場から電話を掛け戦争には足を洗うと宣言する。この映画は戦争の惨さや悲惨さを訴えたいというような装いをしているのだが、実はよく見ているとアメリカン・ヒーローの映画だ。クリスは退役後PTSDに苦しむ元兵士を助ける活動をするが、その1人の兵士に殺されることになる。この場面はただクリスを見送る妻の眼差しで暗示されるだけで映画では描かれない。そんなシーンはどうでもいいのだった。クリスの死後墓地へ向かう霊柩車を見送る為に多くのアメリカ人が星条旗を掲げ道沿いに集まった。最後のシーンは実際の映像を使っているが、これでもかと星条旗が映し出される。この星条旗が最も重要なのだった。アメリカン・スナイパーはここでアメリカ・ヒーローとなったのだった。
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2015年02月14日

サン・オブ・ゴッド/Son of God

テーマ:映画


 イエス・キリストの生涯を描いた映画「サン・オブ・ゴッド」です。人の一生を2時間前後の映画にまとめる事はどんな人物であっても難しいと思うが、まして神であるか人であるか議論がつきないイエスの生涯です。一生を切り取って映画にまとめることをスライス・オブ・ライフといいますが、この映画でのイエスのスライス・オブ・ライフは非常に雑な作りになっていると感じざる得ない。アダムとイブやモーゼもイエスが誕生する前の話として出てくるのだが、さらっと紹介される程度で、わざわざその為に撮影したのだろうかと思っていたのだが、どうやら元々はテレビドラマであったものを映画として再編したものだという事だった。編集版だという事でこの映画の乱暴な描き方に納得がいってしまった。キリスト者が見た場合はストーリーについて行けるのだが、そうでない人にはこの映画は不親切すぎて何が起こっているのかついていけないのではないか、ある程度の予備知識がないと理解できないし、理解できたとしてもひとつひとつのエピソードが次から次へとつなげているだけのような印象を受けてしまう。それにこのイエスは少々太りすぎではないのか?たるんだお腹が気になってしまった。

  「光は空気の全体にそなわっているけれども、そのいかなる部分とも混じり合わない・・・(魂
 とおなじように)静かにとどまっている」。したがって「光が空気の中にある」というより「空気
 が光の中にある」というのが適切であり。同様に「魂が身体のうちにある」というより「身体が
 魂のうちにある」と考えるべきである。魂は身体全体を包むが、それを超える部分も持っている
 のだから。
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2015年02月11日

ナショナルギャラリー 英国の至宝

テーマ:映画


 ドキュメンタリーの映画の巨匠フレデリック・ワイズマンの最新作は英国のナショナル・ギャラリー。ロンドンのトラファルガー広場に面する美術館は、多くの国立美術館が王侯や貴族のコレクションから始まったのとは違い、市民のコレクションから始まった。所蔵作品はイタリア・ルネサンス絵画から、17世紀のフランドル、オランダ絵画、イギリスやフランス印象派はもちろん近代絵画にも及び、館内をひとめぐりするだけで西洋美術の歴史を知ることができる。ロンドン観光の目玉の一つであるが、運営は寄付に頼っており常設展は無料で鑑賞することができる。映画の中ではダビンチ展とターナー展が開催していた。

 映画は3時間を要するので映画館でみる場合は覚悟をしておいた方が良い。そしてこの作品はナショナル・ギャラリーの映画というよりは”フレデリック・ワイズマンが撮ったナショナルギャラリーの映画”だという事を理解しておいた方がよい。彼はこれまで40本近くのドキュメンタリー映画を作っていて、その題材は「動物園」「病院」「セントラルパーク」「アメリカンバレー・シアター」「パリ・オペラ座」「臨死」「高校」と多岐に渡りそのスタイルはまったくぶれることがない。通常のドキュメンタリー映画を見る事に慣れた人達には違和感を感じることだと思う。音楽は無し、インタビューもなし、親切な解説もなければ、物語性もない、ナショナルギャラリーの何がすごいのか?何がをそれを可能にしているのか?実はこんなすごい秘密がありましたのような、トリビア的な情報は何も与えてくれない。

 通常の手法のドキュメンタリー映画では、撮影したいテーマや問題なりがあって、それを探るように撮影は開始していく。役者がいて脚本がある映画とは違ってその場で起きている事を撮影していくのがドキュメンタリー映画であるが、実は撮影する側は撮影したいものが決まっているし、結果をある程度予想しながら映画としての答えのような瞬間を撮影し、編集される。問題提起→探求→展開→結論という流れがあって、見る方はそれがあたかも一つの物語のように展開して解決する事で満足を得る。鑑賞者はただひたすら映画の展開を追っていけばよく、それで問題が解決すればすっきりするし、解決できないような問題であれば、それは問題提起をしたかったという製作者側の意図だ。見ている方は監督によって材料を調理した料理を味わうだけだ、良い料理人もいる、下手な料理人もいるし、素材に問題がある事もある。味わう方の好みの問題あるだろう。

 ワイズマンの映画の手法はまったく異なっていて、いわざ材料をそのまま提示されているようなものだ。テーマはナショナルギャラリーそのものであって、ナショナルギャラリーにまつわる人、事物を映し出すのみ。見ている方はそこから積極的に自分なりに何かを見いださなければいけない。映し出される数々の絵画や、学芸員の解説、スタッフの会議や、掃除するおじさん、熱心に鑑賞する人々の表情や、建物、修復する様子などの断片の数々。3時間という長さもあるが、この作業は簡単なものではない。うっかりすれば何の脈絡のない映像の数々が眠気を誘うことだろうと思うが、これがフレデリック・ワイズマンの映画なのだ。
 
 映画を見ていると目につくのは学芸員の解説と修復作業のカットの多さだ。芸術に触れたときの感動を、言葉で表現する事は非常に難しい。ボキャブラリーは限られているし、あれこれ言葉を尽くして語れば語るほどその感動とは違うものになっていく。感性は人それぞれだが、万人を感動させるものは何だろうか?その絵の何が人を感動させるのか?そもそも感動するとはどういう事なのか?探っていけばキリがなく、疑問が疑問を呼び起こす事だと思う。学芸員たちの解説は何とか絵を解釈しようとしていて、絵の中に書かれた人や物や構図や色などから意味を見いだそうとしている。絵は解釈するようなものではないし、見て良いなって思えばそれで良いはずだ。多くの人はそれでいいんだと思うことだろう。ただし研究者たちはそういうわけには行かない。何がよいのか説明しなければ行けないし、論文も書かないといけないだろう。ただ見て感動したとか、そんな事ではすまされない為に何とか解釈を試みる。それは研究者の視点から見ているだけに過ぎない。絵のタイトルは忘れましたが、男が楽器を演奏している絵があって、そこに書かれている楽譜が、ちゃんとした楽譜なのかどうなのか議論している様は滑稽でした。こういう解説や歴史的背景の知識もある程度は面白いが、それを勉強しないと絵を理解できないというのは違うと思う。

 映画や音楽は時間芸術だけど、絵画は瞬間の芸術だ。肖像画に描かれた遥か数百年前に生きていた人達が絵画の中ではいつまでも生き生きとしている。この映画は数多くの肖像画の人物が写しだされるが、その生き生きとした様子は写真をも超える素晴らしさだ。同時のこの映画では熱心に絵を見つめる今生きている人達の表情も映し出す。この人達の表情と肖像画の中の人達の表情となんら変わる事がないように思えるのは僕だけだろうか?
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2015年01月23日

6才のボクが大人になるまで/Boyhood

テーマ:映画


 アメリカで非常に評価が高く、ゴールデングローブ賞の3部門を獲得、またアカデミー賞作品賞候補にもなるなど話題の映画です。この映画の大きな特徴は6才の少年の成長を12年もの長い年月を掛けて撮影したという事だ。毎年3~4日撮影するのを12年続けるというリスクのある撮影だった。主人公のメイソン Jr、姉のサマンサ、母親のオリビアと、父親のメイソン・シニアの4人のキャストと一部のスタッフは毎年撮影に加わった。12年の歳月をかけて子供達はどんどん成長していき、両親はゆっくり年を取っていく様子が映画となっている。子供にとっての12年と大人にとっての12年は同じ12年でもその長さは全く異なっており、その二つの時間の流れがこの映画には流れているし、親と子供の異なる立場も描かれている。オーディションで選ばれた当時7才のエラー・コルトレーンに話題が集まりがちだが、この映画は少年が大人になる物語ではなく、親子の12年の物語なのだ。この家族の男が2人ともメイソンというのは偶然ではなく、2人のメイソンの物語なのだ(もちろんサマンサとオリビアの物語でもある)。

 監督が「スクール・オブ・ロック」のリチャード・リンクレーターという事で、2000年のヒット作コールドプレイの「Yellow」から始まり、シェリル・クロウの「Soak up the sun」,ヴァンパイヤ・ウィークエンドの「One(Blake’s got a new face)」,ヨ・ラ・テンゴの「I’ll be around、ウィルコの「Hate it here」,アーケード・ファイヤーの「Deep Blue」などたくさんの曲が使われている。日本ではあまりなじみのないウィルコやキャット・パワー、アーケド・ファイヤーなど、ここ10年くらいのU.Sインディーの成功を示すような選曲です。アニメのドラゴンボールやゲーム機など映画に登場する小道具は年代別に登場するので、音楽についても年代毎に選曲されているといるのだろうと予想します。監督の音楽への愛情を感じるのはビートルズの「ブラック・アルバム」だ。メイソン・シニアがジュニアの15才の誕生日に送ったこのアルバムはビートルズ解散後それぞれのソロ活動から選ばれたオリジナル・コンピレーションアルバムで、ビートルズの10作目のオリジナル・アルバム「The Beatles」(通称ホワイト・アルバム)を元ネタとしてきちんとジャケットまで作っている。ジュニアがポールがいいみたいな事をいうが、シニアはビートルズは4人そろってこそビートルズなんだとロックバンドの本質を熱く語っていました。

 メイソンシニアは最初に登場して来た頃はアラスカから帰って来たという設定で、働いているのかどうかはっきりしないフラフラした存在ですが、サマンサとジュニアには重要な存在であり続けます。母親のオリビアはシニアとは離婚してしまっていて、その後2度結婚と離婚を繰り返します。母親の最初の再婚相手は大学教授という地位にありながら昼間から酒を飲んでは暴力をふるう生粋のテキサス・カウボーイです。2度目の再婚相手もイラク戦争帰りのマッチョタイプで、酒好きで子供達からは反発を受けてしまう。テキサスを舞台としているこの映画は所々にアメリカの保守派の人達がでてきます。シニアが選挙キャンペーンでオバマを支持する旗をたてて回る直接的なエピソードもありました。映画には描かれていませんでしたが、サマンサはいわゆるできちゃった婚で、意図しない子供であったが、テキサスという保守的な州では中絶が難しいという事情もあったのかもしれない。またシニアの再婚相手は、バリバリの保守派の家庭の娘です。その両親の家へ子供達を連れて行った時に、義祖父母からのプレゼントが「聖書」と「家族に代々伝わる散弾銃」というのは敬虔なクリスチャンならではのエピソードです。
 熱心にオバマを支持していたシニアは、保守派の家庭の娘と再婚して保険会社で働くようになり、プレミアのついたスポーツカー(GTO)を売ったお金でファミリーカーを購入してすっかり現実的な大人になります。このGTOを売ったエピソードは2人のメイソンにとって重要なエピソードだ。ジュニアは子供の頃に約束した、「16才になったら車をあげる」という約束を覚えていて、抗議しますが、シニアはすっかりそんな約束は忘れていたようで、あやまることもなくごまかしてしまう。すっかり現実的になったシニアと大人と子供の間で揺れ動くジュニアが子供の頃からしっかりと心に刻んでいた約束がなかったことにされてしまう場面は、子供時代への決別の時となる。それはジュニアにとってもシニアにとってもだ。

 子供は親がどれだけ愛情を注いでくれるかを要求することによって親を試します。親は最初は懸命に子供の要求に答えようとしますが、子の要求には終わりがないため、親は要求に応える事ができなくなる。そうしてすべての要求が通らないことを学んだ子供は、親に頼ることをやめ自立しなければいけない事を発見する。そこで子は存在しないものを求める要求とは違う、自分の手に入れる事のできるという意味での欲望を持つようになるのだ。そうして欲望にそって生きて行く事に成る。やがて自分が親になった時には自分が経験したような思いをさせまいと自分の子供の要求に全て応えてあげようと思うが、終わりのない要求には答えらないとうことを自分が親になり知る事になるというのは、人間が何代にも渡って繰り返してきた事だ。そうしてまた違う世代がやってくるのだ。
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2015年01月03日

ドキュメント72時間 NHK総合

テーマ:映画


ドキュメント72時間 NHK総合
 「ドキュメント72時間」3日間72時間日本のどこかの街角で、そこに集まりに行き交う人々をドキュメントした番組です。撮影する場所は毎回異なっているのだけど、そんな場所があるんだと驚かされる事もよくある。「最北のバス停」では、日本最北端の宗谷岬のバス停で初日の出を見る為にキャンプしている人達がいました。雪が吹き荒れる獄寒の宗谷岬に集まるなんてすごい人達だ。「新宿二丁目の定食屋」「さすらいのシャケバイト」「大阪ミナミのアングラ長屋」と3週連続ディープ・スポットが続いた時はこの番組はこの先どうなるのだろうかと不安になりました。シャケバイトは放送直後にシャケバイトの人達が大麻で捕まるというタイムリーな話題を提供しました(放送された人達が逮捕されたか当事者かどうかは不明)。年末には今年放送した中から人気のあった回を9本一晩中放送するという豪快な企画もありました。

 撮影場所にスタッッフが72時間滞在して、そこに集まる人達に話を聞くというスタイルで番組は進行します。どんな人達が集まるかは撮影する場所に大きく依存します。「大病院の小さなコンビニ」では患者や、看病をする家族、仕事の合間に食料を買う医者。「新宿二丁目・深夜のおふくろの味」は取材NGの人達が多くて、スタッフは苦労していました。日本ではマイノリティの人達の街であるが、現実にここで生きている人達の人生があります。

 「どしゃ降りのガソリンスタンド」は、神奈川県にある24時間のガソリンスタンドが舞台で来る人たちに全く共通項がないように思える場所だ。ガソリンを買いに来たという事が唯一の共通項だろう。多くの人達がそれぞれの理由で、様々な場所へ向かう途中にガソリンを入れに来る。どこにでもいそうな普通の人達が向かう先は、これといって驚くような場所ではないが、簡単な人生を送っている人は中々いないという事は本当だろうか?どこにでもいそうな人達が、どこにでもありそうな事情を抱えているが、番組として放送される人達はやはりどこにでもある事情ではなくて、しんどそうな話もある。日常普通に暮らしていれば死は身近ではないが、実は身近に転がっているのだなと思わされる。72時間1カ所にとどまって撮影することで、平凡な生活から平凡でない生活へいとも簡単に壁を乗り越えてしまうのだと、それも日本中どこにでもある近所のすぐそこで起きるのだろうという事だ。
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2014年12月31日

イラン式料理本/Iranian Cookbook

テーマ:映画


 イラン式料理本。監督はイラン人で自分の奥さんや母親など知り合いの女性にイランの家庭料理を作ってもらい、その様子を撮影している映画です。核開発疑惑などで欧米との対決姿勢を見せているイランはイスラム国家であり、女性の権利は厳しく制限されている。そのようなイランにおいて女性が主な役割を担っている家庭料理を題材にしようというのだから、監督の意図ははっきりしているだろう。監督の作品はイラン国内では上映できず、海外の映画祭などで上映されているというのだから、内容的には議論をもたらすものだと思われる。

 この映画には6人の女性が登場してそれぞれ料理を作っていくのだが、監督は最初に時間を尋ね、また料理が終わる頃にも何時であるか確認する。そうして女性達がいかに時間を掛けて料理をしているのかという事を示そうとしている。時間を掛けて作られた料理をただ食べるだけの男達には「この料理に何時間掛かっていると思うか」と質問をする。男達の答えは「1時間」とか・・・。そんなことはこれまで考えたことがない様子だ。さらには手際が良ければ料理なんて1時間でできると主張する。料理が出来たあとには撮影スタッフも食卓にならんでいるのだから、皆さんかなりの量の食事を用意している。撮影スタッフも堂々と食卓に並んでいるのが笑える。撮影対象が親類だからだろうか?それに録音マイクが画面に入っている場面もあって、映画を撮られている人達と撮ってる人たちが混じっていて、この映画に関わった人達への親近感が湧いてきます。

 何時間も掛けて用意した料理を食べるのはあっという間で30分程で終わってしまう。食事が終われば片付けなど知らん顔で政治の話というのが男の役割のようで、監督の奥さんはこの時頭を切り落とす想像をする。こんなことを今の日本でやれば次の日には離婚届けがテーブルの上に乗っていることだろう。しかし、こんなイランの様子を見て驚くような我々の住む日本でも20~30年前なら当り前の事だった。日本でも人々の意識としては男女同権が浸透しつつあるが、依然女性の立場は低い。イランでは日本よりも伝統的な男女の役割意識は根強いが、それでも昔に比べたらましなのだというのだからイスラムの世界でも流れは同じなのだ。若い世代にはこういった状況に我慢できない人もいるし、映画にでてくる人たちの意識としても変わっていくを時代の流れだと感じているようだ。実際のこの映画にでてくるもっとも若い2人は映画の最後でその後離婚した事が告げられる(監督の奥さんも含む)。

 時代の流れは女性の権利だけではない。料理自体も変わっていく。イランの伝統料理は時間がかかるものが多い。これまで女性達は長い時間をキッチンで過ごしてきた。イランの人達の外食産業を信用していないという考え方にもよるが、ファーストフードではない時間と手間が掛かった料理を皆望んでいる。キッチンに並べてある道具を見ても、フードプロセッサーのような便利なものはないし、手間を掛けて料理をしているのが分かる。こうして手間を掛けた料理は日本人にはなじみのないものだが、どれも美味しそうだ。きっと各家庭独自の味があるんだろう。日本でも日常的に出汁から料理をする人がいなくなったように、イランでもなるべく手間を掛けないようになるかどうかは分からないが、この映画を見る限りはまだまだ女性は台所で多くの時間を過ごすことになりそうだ。

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2014年12月21日

二郎は鮨の夢をみる/Jiro Dreams of Sushi

テーマ:映画


「ミシュランガイド東京」で6年連続三ツ星を獲得した鮨の名店、わずか10席ほどの驚くほど小さな店ながら、多くのセレブや食通たちをうならせてきた「すきやばし次郎」。80代後半にして現役を貫くその店主・小野二郎の職人魂を追ったドキュメンタリーです。外国人の監督が日本の鮨をテーマにしました。

 ところでカリフォルニア・ロールはなんでのりが逆に巻いてあるのだろうか?あれではご飯が手につくし、のりを巻く意味がないのではないかと思うのだが、ちょっと調べてみるとまだ鮨が珍しかった頃、外国人がのりを気味悪がった為に逆にまいたそうだ。確かに黒い食べ物になじみがないアメリカ人には、不気味なものに見えるようだ。また通常ののり巻きを作るのは不器用なアメリカ人には難しいようだ。

 もちろん「すきやばし次郎」にはカリフォルニアロールなるものはありません。この店はおまかせコース(3万円)のみだそうで、早い人は15分で完食してしまうそうです。この年齢になっても現役で常に前進を目指す二郎さんが、お客と真剣勝負とばかりカウンターで握った鮨を提供します。仕事は丁寧で、仕込みも時間を掛けて行われます。その味はシンプルであるが、奥が深いそうです。実際食べてみないとわかりませんが、かといって簡単に食べにいけるようなお店ではない。何より真剣勝負を挑んでくる二郎さんが怖すぎる。宝くじで7億円当たったら行ってもいいでしょう、自分の稼いだお金で3万払うなら違うお店に行った方が楽しめると思います。食事をすることは味だけではなく、店の雰囲気だとか、食事をしながらする会話だとかも大事だと思う。味では関係なく、こういう有名店に行った事自体をステータスとする人達もいるのです。

 アメリカで大ヒットしたそうですが、いかにも外国人が喜びそうな内容ではないだろうか、オバマ大統領が来日した際に寄ったそうですし。紹介される二郎さんの仕事ぶりや姿勢は特に目新しいことは言っていません。当たり前の事を言っているように思うが、その当たり前を実際やるのがじつはすごく難しいことだと思う。それを7歳の頃に奉公にでてから貫きとおしてきたのが、二郎さんです。いまさらそれを変えようと言われても変えれる訳がない。日本の職人魂が描かれています。映画で所々でてくる料理評論家なる人物はこの映画には不要でしょう。

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2014年07月23日

収容病棟/'Til Madness Do Us Part

テーマ:映画
 今回ワン・ビン監督が撮影したのは、中国南西部雲南省にある、社会から隔離された精神病院。フレデリック・ワイズマンの『チチカット・フォーリーズ』、想田和弘監督の『精神』など精神病院を題材にした名作ドキュメンタリーに連なる新たな傑作です。

http://moviola.jp/shuuyou/#director

 これらの映画の手法は、通常のドキュメンタリーとは大きく手法が異なり、親切な解説や状況説明や音楽は一切無いし、最終的な結論も提示されない。なんとなく見ているだけでは、すぐに退屈してしまうだろう、この映画は見る者に能動的な態度を求める。スクリーンに写しだされた映像が、人々の行動や病院の光景などが、何が映っているのかを自分で考え続けなければならない。それも前編・後編合計約4時間の間。

 舞台は中国南西部雲南省にある精神病院、ところが精神病院とはいうものも、ここに収容されている人達は暴力的な患者、薬物中毒、同性愛者、熱狂的な宗教帰依者、政治的陳情行為をしたものや、一人っ子政策に違反したものまで収容されていて、ごちゃ混ぜの状態になっており、政府の都合の悪いような行動をする者ならば誰でも、異常なふるまいとして政府の都合のよく収容している。1人の患者が「こんなところにいれば精神病になってしまう」というのは、この病院が政治的な施設として利用されていることを指摘している。あと気になったのは、家庭内暴力を理由に家族の要請で収容されたと思われる人がちらほらいた。

 きっとこの映画を見るの多くは、通常では足を踏み入れる事のない、精神病院の入院施設がどんな所か、興味本位で観る事だと思うが、監督のワン・ピンが言っている通り、この映画に映し出されている人達の誰が異常で、誰が異常でないのかはっきり分からない。元々精神病はどこまでが異常で、どこまでが正常なのかは線引きがはっきりしないし、精神病だと判断する社会に大きく依存する所がある。また前述の通り中国共産党にとって都合の悪い人間が収容されている施設でもある。そういえばベッドの上で一生懸命お祈りをしているイスラム教徒がいた、彼は宗教的な理由でしょう。

 患者達のマナーの悪さは日本人にとってはとても目につくとこだと思う、この点は文化的な背景があるため病気とは無関係に思われる。病室でミカンを食べている人がいて、包んであるラップは床に直行、当然ミカンの皮もためらうことなく床に落とす。ベッドの中で寝ながらタバコすってるのは、見ていてヒヤヒヤします。床につばはくし、じっと寝ている患者が起きて、部屋のすみにじっと立っていたと思ったら、洗面器に向かって小便をはじめる、終われば何事もなくベッドに戻る。ある人は全裸で廊下にでて小便をしたりするし、廊下の水道で水浴びをしたりします。どの行為も、日本ならばありえない行為だと思うが、異常な行為かどうかは微妙だと思う。中国ではゴミ捨て、つば吐き、立ち小便は日常的な光景だ。まして田舎の病院のようだし。全裸で歩き回るのは、普通の精神状態ではないのかなぁと思うのだけど。部屋での小便はかろうじてマナーの問題なのではないか?

 人がいなくなれば廃墟といってもおかしくない、内装が全くないこの病院の建物は恐ろしく殺風景だけど、この中に収容されている人達の関係はどことなく温かいものを感じます。同じ運命を共にしている者同士だから結束しようみたいな、大文字の結束はないけど、どことなくゆるーくつながっているような、微妙なつながりが患者の間に流れている。例えば誰かかが何かをしようとすれば、必ず誰かが声をかけてくるし、何かと人がよってくる。狭い閉鎖された空間だというのもあるだろうけど、助け合うとまでは言えないが、無意識の所でみな支え合っているような感じがします。上映時間約4時間という長さではあるが、この映画のリズムに慣れてしまえば、それほど長くは感じられません。
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2014年07月16日

180℃サウス/180℃ South

テーマ:映画
“パタゴニア”創業者イヴォン・シュイナードと“ザ・ノースフェイス”創業者ダグ・トンプキンスは、昔一緒にパタゴニアまでワイルドな旅に出てそれをフィルムに収めていた(パタゴニアとノースフェイスの創業者ってすごい組み合わせですね)。その旅は2人の運命を180°変えた旅であった。そして今、ひとりのアメリカ人青年ジェフがその軌跡をたどる様子を記録したドキュメンタリーがこの映画だ。


 ジェフはカリフォルニアからボートに乗せてもらってイースター島を経てからチリに入り、パタゴニアのコルコバド山頂を目指す。自然の景色とサーフィンする映像が綺麗で、音楽もゆったりとしたテンポの曲が多いので気持ちいいですが、ただそんな気持ちいい映像と音楽だけの映画には、残念ながらならない。イヴァンの”シンプルに暮らすことほど難しいものはない”という言葉がそれを示唆している。自然を称賛する映画を作ろうと思った時に、現代では避けて通れないのが環境破壊であるからだ。パタゴニアは南アメリカ大陸の南緯40度付近を流れるコロラド川以南の地域の総称で、南極に近いし、風は1年中吹いて砂漠や氷河に被われている土地。そんな地の果てみたいな場所でダム建設の話があるという話が出て来たり、チリに入ってからパルプ工場の汚染水問題なんか不意に割り込んでくるので、おやっと思う人も多いと思う。この映画には必要ないのではないのか?説教くさいのでは?と思うのも当然だと思うが、そこから目をそらす訳には、どうしてもいかなかったのだと思う。こんな話は入れたくない、ただ純粋に自然の素晴らしさを味わっていたいのだが、先に書いたように、現代はそんなシンプルな話ではすまなくなってしまっているのだ。今回の旅を通して大自然を楽しんだ彼らも、楽しんだ分だけの責任は自然に対してあるのだと思う。
 
 イヴァンはまた”欠陥のあるシステムを維持する必要はない”と言って、たぶん現代の資本主義のことに言及していると思うのだが。自然が大切だと思う心は、その生態系の中で進化してきた生物である人間だからこそ感じる事ができる。地球は人間が滅びようが、火星や月みたいに生物の住めない惑星となろうが関係なく静かに周り続けることだろう。生物の中には太陽光の届かない深海の熱水が湧き出る所に住むものもいる。彼らにとっては我々の世界は、想像を超えた別の惑星の話のように思えるだろう。

 でもやっぱりこの映画は自然の素晴らしさを教えてくれる映画だと思う。イースタ島で夕日の中でサーフィンをしているシーンがあって、そのシーンは本当に素晴らしいと思う。オレンジ色の光が溢れた中で、波の間を漂ったり、波に乗ったり、言葉にはできない時間だと思う。
ワンエイティ・サウス 180°SOUTH [DVD]/キングレコード

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