いままでで一番印象に残ってるエイプリルフールの出来事おしえて!
盲腸の手術です!
小5から小6にかけての春休み中の3月31日、両親は2人でお出かけ、昼間からお腹に違和感があったけど、大人に言う程でもない、と思っていたら、夜になって滅茶苦茶気持ちが悪くなり何度も何度も戻して・・・
そのうち両親も帰ってきてトイレの惨状を見る事に・・
両親が戻り、安心して寝たのかな?
翌朝、太っとい注射器を持ったパパに起こされて目が覚める。
そのまま血を抜かれ検査、後から聞くと白血球が4万とか5万とか?尋常じゃない数値でそのまま手術室へ。
当時の私はチビでその上ポチャポチャしていたから、血管が見えない。
器用で有名だったパパなのに私の血管が探せない・・あちこちブスブス・・
そのうちにおじいちゃんが役所から戻ってきた!
産婦人科医だけど、この時には市長をしてたのね。
あちこち見定めて一発で入れて手術が始まった。
考えると、翌年の4月1日にはおじいちゃん、死んじゃってたんだよね・・・
なんにつけ、初孫の私はおじいちゃんから沢山の恩恵を受けた・・
そのおじいちゃんより私は年上になっちゃったよ(^-^;
身内の手術は避けると言うけど、パパもきっとそうだったんだね。
しかも私は11才の子供。
普通は自分の小指と言われる盲腸が大人の男の中指程に大きくなっていたんだと。
入院床には入院せずに久しぶりに自分の部屋ではなく2階の両親の寝室の隣の部屋に居たから、手術したって感じはあまりしなかったな・・
看護婦さんがおんぶして2階にあげてくれた。
色の黒い背中がゴツゴツした看護婦さんだったなぁ・・・
今村さんって言ったかなぁ・・・
弟が盲腸になった時には病院は縮小して医院になっていたからおじいちゃんやパパの卒業した大学病院だったな。
子供ながらに経験と数値を記憶していたから、私の長女が同じ年の同じ時期に腹痛を訴え受診、お腹に来る風邪だと云う医者に血液検査を要求、痛い思いをさせるだけだと言われたけど結果は白血球の異常数値、医者が驚いてた!
そのままパパに電話、言われるままに実家の側の病院へ。
外来では若いドクターが散らす方針だと。
院長と父はなんと?と聞くと手術だ、と言っている、なら手術お願いします。
この判断は正しく娘の盲腸は腹水のたまった状態で、ちらしていたらどうなっていたか・・
術後にはお腹から2本のドレーンが出てた・・
緊急手術だったからか、娘は夜通しつらそうに咳をしていた。
どんなにか痛かったか・・
朝になって状況を伝えるとレントゲンの結果、誤嚥性肺炎になっていた。
この為、通常1週間の入院は10日となった。
また話が飛んじゃったね(^-^;
だから私はエイプリルフールと聞くと盲腸を思い出すのでした。
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