1ユーロの価値




それは、

日本から来た友人と

待ち合わせをしていた時だった。


「ねぇ...1ユーロ!」


突然、

そう言われたのである。


振り向くと、

年の頃

16、7歳の男の子たちであった。

もちろん、

イタリア人である。


「ねぇ、1ユーロ!」


「お前は、ジンガリ(ジプシー)か?!」


ついつい、

そう言いそうになるのを

グッとこらえた。


少年は、1人じゃなかったからである。


イタリアの

社会全体が

なんとなく下向きなのは、

移民の流入のせいにして

疑わないイタリアだけど、

いやいや、

どうして、

イタリア人自身にも、

全く問題ない訳ではないと思う私である。


ナポリでは、

「ベビー ギャング」と言われる

少年たちの不良どもが

大暴れして問題になったのは、

つい先日のことである。


「1ユーロ」って言ったら、

100円程度の小銭で、

慈悲深いイタリア人は、

時々、

ジプシーや路上生活者に

施しを与えたりする。


日本人の私から見ると、

へぇ、あげるんだ...

なんて思いながら、

見ているだけで、

それがきっと

宗教観の違いなんであろうと

思っていたわけである。


1ユーロ...

と簡単に言うが、

この1ユーロを

人は、

普通は、

働いて得る、大事なお金である。


自営業をしていた父は、

もらったお小遣いを

机の上に置きっぱなしにした私を

幾度となく叱り、

お金を稼ぐ大切さを教えてくれた。


働くようになって、

その言葉が

身にしみるように感じた。


ポッと生まれてくるわけではないお金。


稼ぐことの大変さと

大切にしていくことの厳しさが

今になって

響くわけだけど

その上、

自分たち子供を育てるための資金繰りは、

家族を持たない私にとっては

考えられないことである。


そんなこんなで、

「1ユーロ!」と言われたものの、

言い返すわけでもなく、

わからないふりをして

その場を立ち去った。


アジア人の顔であることが

こんなにも有効に使える時はない。


こうして、

道端で

怪しそうな人間に

絡まれそうになった時は、

あえて、

わからないふりをする私である。


あ、

大事なことだけど、

変な輩は、

目を見ないほうがいい。

目を見ると、

自分の存在を認識してくれた..

と思われ、

必ず、

しつこくまとわりつかれるのが

オチである。


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⬇︎  一押しの価値...





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