新年早々、

計り売り野菜用エコバッグに

真偽を問われているイタリアで、

ふと思うことがある。


昔は...良かった。


私が小さい頃は、

家に

買い物かごが存在した。


それを片手に掛け、

購入していく野菜だの肉だの魚だの、

ポンポンと放り込んでいく。


そんなに沢山のものは買わない。

だって、

重くなるから。


買った魚は、

昨日読んだ、新聞紙に包まれていた。


発泡スチロールなんて、

高級な果物が

型崩れしないようにとついているだけで、

普通に買うものには

一切付いてこない。


稀に、

りんごやメロンについていた

発泡スチロールは、

中身を食べてしまうと

頭にかぶって遊んだものである。


なんでもないものでも、

そうして、

楽しく遊べた。


コカコーラやラムネを買って、

飲み終わると

近くの駄菓子屋に持っていく。


そうすると、

瓶代が戻ってくるからだ。


ちょっとしたお小遣いも

貯まると、

好きな駄菓子を買った。


お金をもらえる...

小さな額だけど、

子供心に、素直に嬉しい。


全てが

無駄がなく

理にかなっていた。


いつしか、

プラスチックのボトルになった時、

ひどく、

不味くなったものだと思った。


それが、

大人になったからだ...

と思い込んでいた私だけど

本当に不味く感じるのだと

今になったら、

確信する。


環境が破壊されている...


いつしか、そう言われるようになった。


で、

エコ用ビニール袋を開発したり、

再生紙を作ってみたり。


戻ればいいのに。


40年前のスタイルに

戻せばいいのに。


そう思う。


イタリアに来た時、

市場で野菜や果物を買うと、

紙袋に入れてくれた。


それが

やけに

懐かしく感じたのは、

きっと、

過去の自分を思い起こすなにかが

あったからなのかもしれない。


人間は時々、

無駄なことに労力をかけ、

自滅する生き物なのかもしれない。


昔は良かった...


そう思うことが

良くないことだと、

前進するのみだと

信じて疑わないけど、

いやいや、

昔から学ぶこともあるんではなかろうかと

私なんかは思うわけである。



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コテキーノとレンズ豆

イタリアの伝統的、年越しの食べ物。
レンズ豆はお金に見立てて、沢山食べると、新年はお金に恵まれるのだとか。コテキーノは、豚ひき肉。コッテコテだけど、マッシュポテトと食べると美味しいのです。



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最後までお付き合い、どうもありがとうございます。