東京練馬
あなたに自分らしさを取り戻す エネルギー・ヒーラーyuko☆です

最近本当にブログを書くのが遅くなってしまい、困ったものです。

・ バランスを取る人生:誕生日の贈り物②

ようやく前回の続きです。


 

私がなぜ「バランスを取る人生」が今世のテーマだと思うのか、
なぜそれが過去世に関係あると思うのか、ということですが、

私は小さい頃「大の怖がり」でした。

いやあ本当に異常だったかも。

泳げるけど水中が怖い。
火が怖い。線香花火も大嫌い。
初めてすることが本当に怖い。(新しい経験というのでしょうか。)

とにかく何か新しいことをしなければならない時、
異様に怖かったのを覚えています。
誰かが一緒にやってくれても、本当に怖くて泣きじゃくっていました。


そしてなぜか小さい頃から、


「私は絶対に二十歳まで生きられないに違いない。」


と思っていたんです。

なぜそんなことを思い込んでいたのか、全く分からないのですが、
本気でそう思っていました。


そして私に視えた二つの過去世。

一つは幼くして亡くなったマリーという女の子。
もう一つは少女のうちにお嫁に行くことになったインドの女の子。


本当は数百回以上生まれ変わっていると言われる私たち。
でもその中のなぜか二つが視えたのには意味があるかも?、と思ったんです。


二つの過去世から私が感じ取ったこと。


それは、幼いまま、人間として成熟する前に亡くなってしまったのではないか?
ということでした。実は他にも過去世のビジョンが視えたのですが、そのビジョンも老いた私ではありませんでしたし。


新しいことをするのが怖いというのも、
そうやってたくさんの経験を積んで大人になったことがない、
大人になることを怖がっている、そんな印象を受けたのです。


実際私はとっても単純な人間でした。


これが正しいことだよ、と言われればバカ正直に約束を守る。
純粋すぎると言うのでしょうか、この世の中は不変の真実に溢れていて、
教えられたことは全て正しいから、守らなくちゃいけないんだ、と思ってました。


だから理不尽なことがあって、心の内では葛藤していても、
最後にはそんな自分を押さえ込んでしまったんです。


ある意味、そうすることは楽なんです。
絶対不変のルールにのっていれば、人生に間違いないと疑わずに突っ走って行けるのですから。


でも人生はそんなに単純ではありません。


これが私の生きるべき道だ、そう思って頑張れば頑張るほどつらい目に遭いました。
そうするたびにまた自分の道を探し続ける、疲れました、本当に。

あと一歩でゴール!!

というところで、その最後の階段をすこんと外される、そんな経験です。


でも今にして思えば、同じことが何度も起きているわけですから、
それは違うよ、そうじゃないよ、というサインだったのかもしれません。


でも私は気付きませんでした。


それが心身のバランスを崩して休職・療養生活を余儀なくされ、今まで見ない・気付かないようにしていた様々なものと向き合うことで、つらい思いをたくさんしました。


でもついに最近気がついたんです。


あぁどんなことにしろ、もうマニュアルはないんだ。
こうしてさえいれば上手くいくという法則なんてないんだ、
全部自分で作り上げる、
それが苦しいことに思えても、
自分の人生を生きることなんだ、


ということに。


そのめんどくさい作業を自分のペースで行っていく、
なにか起これば乗り越えるだけ。
乗り越える時につまづいても、
その度に自分は成熟していくんだ、
本当に大人になっていくんだ。


人生のつまづきを「失敗」と捉えるのではなく、
「成熟」のための一つの段階と考えると、
それもまた面白く、楽しいのです。


それこそが「バランスを取る人生」なのかもしれません。


天秤やシーソーのように、または無限に広がるコンパスのように、
自分をその中心にしっかり据えて、その時その時で重さを調節し、つりあわせていく。
到達点に向けて美しい円を自在に描いていく。


その重みはいつも違っているでしょう。
その到達点もいつも違う点でしょう。


だからこそマニュアルもないし、
だからこそ成熟しなければできないことなんです。


こうして全てのことが繋がってくると、
人生は一筆書きの絵のようだな、と思います。


その絵がどんなものになるのか、
しっかり生きて確かめなくては。


これが誕生日の贈り物なら、
今まで一番の贈り物です。



本当にお読み頂きありがとうございます。


皆さまの今日一日が豊かさに溢れるものでありますように


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