デパートの駐車場に車を入れると、ゆうこは7階の食器売り場へと急いだ。


この間、立て続けにワイングラスを割ってしまったのだ。







腕時計を見る。


靖子との待ち合わせの時間には、まだ間があった。








5階の駐車場からフロアに入り、上りのエスカレーターに乗った。


ふと見慣れたネイビーのジャケットが目に飛び込んできた。






あら・・・?






背の高い彼は、目立つ。


同年代の若い女の子と腕を組み、楽しそうに話していた。


上のフロアに向かう、ゆうことすれ違い、ひとつ下のフロアで降りて、そのまま売り場へと消えていった。








健ちゃん?


・・・まさか。


人違い、かな。








気にするのは止めようと、ゆうこは目当てのワイングラスを買い求めると、靖子と待ち合わせの店へと急いだ。








「お待たせ。買い物、あったんで。」


靖子はすでに来ていて、奥の席で雑誌をめくっていた。







「ああ、大丈夫よ。私も、今来たところだから。」


靖子が、顔の目で手をひらひらとさせた。







「あれ?ゆうこ、ちょっと痩せた?」


「え?そうかな?あんまり気にしてなかったけど。」


「ちゃんと食べてるの?」


「あはは。適当に、食べて飲んでるから、大丈夫だって。」


「飲む方が多いくせに。」






「それじゃ、早速・・・と言いたいところだけど、残念。今日は車なんだ。」


「あら、そうなの。珍しいね。」


「うん。午後から、実家に顔出そうと思って。ちょっとね、父の具合が良くないのよ。」


「えっ。そうだったの。ごめん。知らなかったわ。」


「ああ、あまり人に言ってないのよ。入院してるんだけど、手術とかそんなんじゃないから、とりあえず大丈夫。」


「そうなの。大事ないなら、よかった。」










「ここ、ランチは、今ひとつなのよね。」


今人気の韓国籍料理店のようだが、ゆうこは、あまり食欲がわかなかったので、オーダーは靖子に任せた。


靖子は、てきぱきと、何品か料理を注文した。







「で、何かあったの?」


「えっ?なんで、わかるの?」


「ふふっ。わかるわよ。それくらい。長い付き合いだしさ。」


靖子が、前菜を取り分けながら、いたずらっぽい目で笑った。







「上海に、来ないか、って。」


「えっ?佐藤さん ?」


「うん。あっちに家も事務所も借りて、東京は引き払うらしいの。」


「いつ?」


「来月。」


「ええっ?!そりゃ、また急だねえ。」


靖子が、目を丸くした。






「ってことは、まさか、結婚?」


「うん。そういうことなんだけど・・・」







「あ~、浮かない顔しちゃって。で、どうするの?」


「どうするも何も、そう簡単には決められないわよ。仕事もあるし、父もこんな状態だし。」


「若い男の子も、いるし。」


靖子が、にやりと上目使いで、ゆうこを見た。






「それは、関係ないよ。」


「え~っ、そうかなあ?まだ、続いてるんでしょ?」


「続いてるというか、たまには逢うけど。」


「うふふ。羨ましい。」


「ホントに、健ちゃんは、関係ないんだって。」


「ふ~ん。じゃ、遊び?」


「そういうのでも、ないけど。」


「じゃ、何?」


「・・・・」








「よくないんじゃない?そういうの。」


急に、靖子が真面目な顔になった。






「あの時は、一度きりのことだと思ったから何も言わなかったけど、何ヶ月も続いてるとなるとね。」


「わかってる。」


「佐藤さん、知ってるの?」


「一度、うちのマンションのエントランスで、鉢合わせしたことがある。」


「あらら・・・」


「気づいてるかも、ね。」







「で、プロポーズかあ。なるほどね。」


「・・・・」


「まあ、そんなもんじゃない?やっぱり、何かきっかけがないとね。」


「うん。そうだけど。」







「何よ?なら、もっと早く、情熱的にプロポーズして欲しかったって?贅沢言いなさんな。」


「そういうわけじゃないけど。ただ、なんとなく、今まで結婚とか、全くそんな素振りを見せなかったから・・・」







「でも、好きなんでしょ?」


「それは、もちろん。」


「う~ん。まあ、それなら、あんまり深く考えずに結婚しちゃったら?だいたい、ゆうこはね、昔からいろいろ考え過ぎなのよ。まあ、年をとればとるだけ慎重になるっていうのもわからなくもないけど。」






「と言うか、あんまりべたべたした関係じゃなかったから、今ひとつ、彼のことがよくわからないのよ。」


「ふうん。それも、新鮮でいいかも。」


「もうっ!他人事だと思って。」


「えへへ。」






「うまく言えないんだけど、なんだか には踏み込めない領域があって、私もなんとなく遠慮しちゃうのよ。」


ゆうこは、靖子が取り分けてくれた前菜に、のろのろと箸をつけた。







「いらっしゃいませ。」


店員の声で、入り口に目をやると、さっきのジャケットの若い男が、女の子と一緒に店に入ってくるところだった。

雨の匂いで、目が覚めた。






ベッドの中で、しとしとと心地よいリズムを刻む雨音に身を委ねながら、ゆうこは、ぼんやりと のことを考えていた。


今日こそは・・・と、思いながら、彼に連絡をしないまま、数日が過ぎてしまった。








木曜日。


レッスンも打ち合わせも、入っていない。


今日は、一日中雨なのだろうか。







ベッドを抜け出して、カーテンを開ける。


東の空は明るくて、午後からは晴れそうな気配もする。


せっかくの休日だ。


久しぶりに、気分転換に、買い物にでも出かけようと、大きく伸びをした。







シャワーを浴びて、フルーツと紅茶で簡単な朝食を摂る。


ネットで、ニュースを確認しながら、ふと思いついて、靖子にメールを送った。







フリーで翻訳の仕事をしている靖子は、ゆうこ同様、わりあい平日の昼間、時間が自由になる。


5分後、メールが返ってきた。


11時半に、ランチの約束をした。


店は、靖子が予約を入れておいてくれるそうだ。







「なんだか久しぶりだなぁ、やっちゃんと逢うのも。」






最後に逢ったのは・・・そうだ、健ちゃんと、知り合ったばかりの頃だった。


当然、 にプロポーズされたことも話してない。


ゆうこは、ポットに残っていた紅茶をカップに注いだ。


靖子は、何と言うだろうか。






ゆうこは立ち上がって、クローゼットから、春らしいレモンイエローのワンピースを選んだ。


たまには、こんな色もいいかな。


靖子に会う前に用事を済ませておこうと、簡単にメイクをすませると、車のキーをつかんで部屋を出た。

カルチャーセンターの隣りの公園のコブシが、満開になった。






ゆうこは、コーヒーの入ったマグカップを手にしたまま、窓から公園を見下ろした。


実家の白木蓮は、まだ固い蕾だったような。







あれから、実家からは、連絡はない。


連絡がないということは、父の病状に変化はない、ということか。


今夜あたり、こちらから電話してみようと、ゆうこは、冷めてしまったコーヒーを飲み干しながら思った。





「山内先生。花屋さんから、花材届いてますけど、どうします?」


美彩に声をかけられて、はっと我に返った。







「ああ、ありがとう。水揚げするから、レッスン室に運んでおいてくれる?」


「はい。わかりました。あ、私、水揚げやっておきますよ。先生のやり方、よく見てたんで、できると思います。」


「ホントに?じゃあ、お願いしちゃおうかな。」


「任せてください。」


美彩は、得意げに胸を張ると、颯爽と事務室から出ていった。








白いコットンシャツに、ロールアップしたカーキ色のカーゴパンツ。


なんてことのない服装だが、背が高く、すらりとした美彩には、よく似合っている。


長いストレートの髪をポニーテールにして、化粧っ気の全くない彼女だが、いつもテキパキと仕事をこなしながら、女性らしい気遣いもできる子だ。







夜のレッスンには、まだ時間があるので、軽く夕食を取っておこうと、ゆうこはバッグをつかむと、部屋を出た。


ふと、思い立って、レッスン室で水揚げ中の美彩に、声をかけた。






「美彩さん、ありがとう。あと、どれくらい、かかりそう?」


「あ、はい。あとこれだけなんで、10分もかからないと思います。」


「じゃあ、終わったら、下のカフェで、ちょっとお茶しない?軽食しかないけど、ご馳走するわ。」


「わ、ホントですか?嬉しい!じゃ、5分で終わらせます。」


「あはは。じゃ、先に行ってるね。」


ゆうこは、美彩に軽く手を振った。








店内は、夕方とあって、サラリーマンやOLでごった返していたが、運よく、奥のテーブル席がひとつ空いていた。


ゆうこは、先にコーヒーだけ注文すると、携帯を取り出した。







に、連絡しなければ・・・







メールを打とうとして、手が止まる。


なんて・・・?






一度決めたはずなのに、いざとなると、心が揺らぐ。


仕事のこと、父のこと、健人のこと・・・海外になんて、行けるわけがない。






プロポーズを断わったからと言って、イコール、別れる、というわけでもないのでは?などと、虫のいいことを考えて、ゆうこは、自分の愚かさを笑った。


そうもいくまい。








美彩が、入ってきた。


ゆうこを探していたので、手を上げた。







「お疲れ様。美彩さん、いつもありがとう。」


「いいえ。どういたしまして。これくらいのこと。お花、好きなんで、触れてるのが楽しいんです。」


美彩が、にこにこしながら、席に着いた。






「どうぞ。好きなものを頼んで。本当は、一緒にお酒でも飲みたかったんだけど。」


「わあっ!それも、いいですね。じゃあ、それは、今度ゆっくりということで、今日は遠慮なく・・・パスタをいただきます。」




ウェイトレスを呼んで、美彩は、春キャベツのパスタとアイスティーを、ゆうこは、クラブハウスサンドを頼んだ。







「いつも美彩さんが、気をきかせてくれるから、ものすごく助かってるのよ。」


「そんな。私は、思いついたこと、してるだけですから。あんまり、気にしないでくださいね。」


「いいえ。パスタとアイスティーだけでは、本当に申し訳ないわ。」


ゆうこは、心からお礼を言った。






「そう言えば、美彩さん、事務の仕事は、アルバイトよね?何か他にやってることがあるの?」


「はい。フリーのライターみたいな仕事もしています。本当は、小説も書いてるんですけど、それだけでは、食べていけなくて。」


「そうだったの。じゃあ、結構忙しいのね。」


「それほどでは。逆に、物を書くには、アルバイトでいろんな世界を知っていた方が、役に立つんです。」


「なるほどね。どうりで、私の仕事、よく見ていると思ったわ。」


「今度は、山内先生みたいなフラワーデザイナーが主人公の小説を書きますよ。」


「あら。なら、うんと魅力的に書いてね。」


「もちろん!」


二人で、声を上げて笑った。








「先生は、ずっと花一筋なんですか?」


「いいえ。そんなこともないのよ。短大を出てから、何年かOLをしていたこともあるし。たまたま有名な華道家の花展を見たのがきっかけで、この世界に入ったのだけど、最初は、まさか自分が、花で食べていけるようになるとは思ってもみなかったわ。」


「そうなんですか。私も、いつまでも、こんな生活でいいのかなあと思うんですが、どうしても、あきらめきれないんですよね。」


「まだ若いんだから、あきらめるのは早いんじゃない?二足の草鞋をはくにしても、若ければ体力もあるし。美彩さんみたいな人、応援したくなっちゃう。」







ゆうこは、薄給のアシスタント時代のことを思い出した。


早朝から車を運転し、花市場に仕入れに行き、スクールに戻って水揚げをする。


生徒の人数分の花材と資材をセットし、レッスン中も講師がレッスンしやすいように気を配る。


レッスン終了後は、片付けと掃除。


それが済むと、翌日のレッスンの準備。


夜のレッスンがある日は、12時過ぎの帰宅も当たり前だった。


そして週末は、花屋でアルバイトという生活を何年か送っていた。







その忙しい合間を縫って、自分の作品を作り、コンクールに出したり、競技会に出場したりしていた。


思いがけなく、大きなコンクールで立て続けに入賞し、今のカルチャーセンターや、ブライダルプロデュース会社から声をかけてもらって、やっと独り立ちができるようになったのだ。








「美彩さんの作品、今度、読ませてね。」


「はい。喜んで。」


美彩は、嬉しそうに返事をすると、残りのパスタを一気に平らげた。

「ゆうこさん。」







気がつくと、後ろに健人が立っていた。


「ああ、ごめんね。健ちゃん。」


ゆうこは、慌てて携帯を閉じて、立ち上がった。







「今の電話、あの人 ?」


「・・・ええ。」


健人が、ゆうこの前に、立ちふさがった。


「健ちゃん、チキン冷めちゃうって。さあ、向こう行って、一緒に食べよう。」







「行くなよ。」


健人が、行きかけた、ゆうこの腕を引いた。


「健ちゃん・・・行かないよ、どこへも。」







「今夜は、健ちゃんと一緒にいるから。」


「今夜だけじゃなくてさ、もう、あの人に逢って欲しくないんだ。」









「うん・・・そうだね。もう、逢わないかも、しれない。」


ゆうこは、健人の手を取り、両手で強く握り締めた。


そして、そのまま健人の手を引いて、ベッドに座り直した。


「健ちゃんも、ここに座って。」







意外な返答に面食らった健人だったが、素直にゆうこの隣りに腰を下ろした。






「本当に・・・?」


「プロポーズされてるの。」


「えっ?」







「彼、仕事で上海に転居するの。たぶん、来月中には。それで、私についてきて欲しいと。」


「そんなっ!」








「一緒に、行かないの?ゆうこさん。」


「・・・うん。私は、行けない。」


ゆうこは、一語一語区切るようにしながら、初めて自分の気持ちを口にした。








まだ迷っていた、ゆうこだったが、言葉に出してみたら、案外それでいいような気がしてきた。


「父のことも心配だし、仕事もある。上海は近いけど、やっぱり、そう簡単には行き来はできないだろうし。」









本当の理由は、そんなことではないことは、ゆうこもよくわかっていたが、そういうことにして結論を出すのが、一番いいような気がした。







「あの人、ショックだよね。」


「まだ話してないのよ。今、決めたの。」


「そうなんだ。じゃあ・・・」


「やっぱり、きちんと逢って、話さなきゃいけないかな。」


「・・・」


「私にとって、特別な人だったし。大好きだったのよ。でも、今のままではいけないと思って。」


顔を見られたくなくて、ゆうこは、下を向いたまま言った。







「大丈夫?ゆうこさん。僕のせいだよね。」


「ううん。違う、って言ったら、健ちゃんを傷つけるかもしれないけど、そうじゃないのよ。大好きだったけど、上手く噛み合わない相性もあるのよ。」







健人が、ゆうこの頬にかかっていた髪をすくった。


「泣いてるの?ゆうこさん。」


「ううん。大丈夫よ。ごめんね。今夜は、せっかく健ちゃんと楽しく飲もうと思ってたのに。」







「俺じゃ頼りないかもしれないけど、ゆうこさんは、あの人ほど俺のこと好きじゃないかもしれないけど、でも俺、ゆうこさんのことが大好きなんだ。ゆうこさんに、俺のこと、もっと好きになってもらえるように頑張るから、だから、ゆうこさんに、ここにいて欲しい。」









「健ちゃん・・・ありがとう。健ちゃんは、正直ね。」


「ゆうこさんは、何をそんなに怖がってるの?」


「そんなふうに、見える?」


「うん。なんとなく。ぶつからないように、傷つかないように、先回りしたり、遠回りしたりして、本当のこと、言ってない。」


「そうね。そうかもしれない。」


「ほら。また。」


「えっ?」








「俺がどう思うかなんて、気にしなくていいんだ。ゆうこさんは、ゆうこさんの思ったことを口に出せばいいんだ。傷ついたって、ケンカしたって、誤解されたっていいんだ。そうじゃなきゃ、好きな人と一緒にいる意味なんてない。」








健人の言葉に、はっとした。


本音で接していなかったのは、浩ではなく、ゆうこの方ではなかったか?


ゆうこが浩に、今すぐ逢いたいと、ずっとそばにいて欲しいと、感情をぶつけたことがあっただろうか?







は、無事に帰宅したのだろうか。


ゆうこは、携帯を握りしめたまま、行きつ戻りつする心を、どうすることもできなかった。

「うわあっ!健ちゃん、すごい!美味しそう!」


健人が、サラダやチキンをソテーして、手早く皿に盛りつけていく。






「結構、料理するんだ?」


「居酒屋でバイトしてたから、このくらいは、ね。」


そう言って、健人は得意げな顔で、ウィンクした。







「ふうん。なんかいいね。男の子に料理作ってもらうなんて初めて。」


カウンターに肘をついて、キッチンを覗き込みながら、ゆうこが言った。







「え?そうなの?」


「うん。私の年代の男の人って、あんまり料理しないから。」


「へえ、そうなんだ。」


「具合が悪い時に、何か簡単な物を作ってもらったことはあるけど、ふだんは私が作るか、たいてい外食かな。」


「料理、楽しいのに。」


鼻歌を歌いながら、盛りつけが済むと、フライパンの油をさっと洗い流したり、手際もいい。






「はい。ゆうこさん。これ、テーブルに運んで。」


「はあい。」


ゆうこは、美しく盛りつけられた皿を、ダイニングテーブルに並べると、ワインを選んだ。


「赤しかないけど、いい?」





「ゆうこさんの好きそうなの、買ってきたよ。」


健人が、いたずらっぽい目をして、冷蔵庫からシャンパンを取り出した。






「よくわかんないから、辛口で、ちょっと高そうなやつ。」


「わあっ!ありがとう。・・・でも、あんまり気をつかわないで。」


「いいって、これくらい。いつも、ご馳走になってるし、おととい、劇団の給料日だったんだ。」


「そう。じゃあ、今日は、遠慮なくいただきます。」






健人が、シャンパンの栓を抜いて、乾杯した。


きりりと冷えたフルーティーなシャンパンだ。







「ああ、美味しい!そう言えば、アルコール久しぶりだわ。」


「ええっ?ゆうこさんが?」


健人が、サラダを頬張りながら、目を見張った。






「何よう?人を、大酒飲みのように。」


「えへへ。しばらく、どこか行ってた?」


「え?」







「ホントは、おとといの金曜日も、ここに来たんだ。」


「そうだったの。ごめんなさい。実家に帰ってたの。父が倒れて。」


「えっ?そうだったんだ。お父さん、どこか悪いの?」


「うん。でも、とりあえずは、意識も戻ったし、しばらく検査入院も必要だけど、命に別状はないから大丈夫。」






「そっか。俺、てっきり、あの人 と一緒かと思って・・・」


「健ちゃん・・・あのね、話さなきゃいけないこともあるんだけど、でも、こうやって、突然訪ねてこられるのは困るわ。」


ゆうこは、思い切って、切り出した。








「うん、わかってる。こんなこと、ホントは迷惑だってこと。でも、どうしても逢いたくなって、電話やメールだと断られるかもしれないと思うと、つい・・・ごめんなさい。」


健人が箸を置いて、頭を下げた。


「健ちゃん。」








その時、ゆうこの携帯が鳴った。


「ごめん。ちょっと出ていい?」


「うん。」







ゆうこは、携帯を手に取って、席を立った。


「もしもし。」


「ゆうこ、僕、わかる?」


「うん。もちろん、わかるわよ。」


「しばらくだね。ずいぶんと、冷たいじゃないか。」


「どうしたの?酔ってるの?ヒロさん。」


久しぶりの浩の声に、胸が高鳴った。






「少し、ね。」


「うん。」


「上海と日本を行ったり、来たり。」


「うん。そっか。忙しいのね。」






「なぜ、連絡を、くれない?」


「なぜって・・・」


「この間の返事は、ノーか?」


「・・・・ごめんなさい。まだ、決めてないの。」







「そうか。いや、いいんだ。僕の勝手な都合だから。ゆっくり考えてくれていい。」


「ありがとう。」






「これから、少し逢えるかな?」


「えっ?今夜は、ちょっと。明日、早いし。」


「そうか。そうだね。いつも、僕の都合ばかりだったね。君が、合わせてくれていた・・・」






ヒロさん


「今頃そんなことに気づいても、遅いか・・・はは。」


「外なの?飲み過ぎなんじゃない?今夜は、早く帰って、休んで。」






「君に、逢いたい。」






胸が、痛い。


ゆうこは、すぐにでも飛び出していきたい衝動を堪えた。


私も・・・とは、言えない。






「来週、連絡するわ。」


未練を断ち切るように、電話を切った。