地下駐車場に車をとめて、そのままエレベーターで、5階の自分の部屋に向かった。
腕時計を見ると、11時を回っていた。
ゆうこは、エレベーターの壁に背をもたせかけて、ほうっとため息をついた。
父の容態も落ち着いたようで、先週べそをかいていた妹の尚子にも笑顔が戻っていた。
このままいけば、来週には退院できるとのことだった。
さて、と。
ヒロさん
に、連絡しなきゃ・・・
ゆうこは、エレベーターを降りて、部屋に向かった。
キイを差し込んだところで、いきなり後ろから抱きつかれた。
声を出す間もなく、心臓が止まりそうになった。
「僕」
振り返ると、健人が満面に笑みを浮かべて立っていた。
「もうっ!びっくりするじゃない!寿命が縮まったわ!」
ゆうこが、本気で怒りだした。
「ごめん。そんなに驚かせちゃった?」
「当たり前じゃない、こんな時間に。これでも、一応、か弱い女性なんだから!」
「や~、ゆうこさんは、いつも気丈だからさ、あんまり取り乱したりしないかと。えへへ。結構可愛いところもあるんだね。」
「何言ってるのよ、健ちゃん。それに、ここに来る時は、前もって連絡してって言ったでしょう?」
「ごめんなさい・・・」
「・・・来ちゃったものは仕方ないけど。」
健人が急にうなだれたので、ゆうこも慌てて言った。
「もう、いいわ。とりあえず、中に入って。」
ゆうこは、健人を促して部屋に入れると、明かりをつけた。
「あれ?ゆうこさん、それ・・・」
健人が、ゆうこが手に提げていたデパートの紙袋に気付いた。
「ああ、これ?ワイングラス。この間割っちゃったから。」
「新宿のT屋?」
「そうよ。」
「ふうん。」
健人が、視線をそらせた。
ゆうこは、気づかないふりをして、キッチンに立った。
「何飲む?コーヒー?」
「ああ、うん。なんでもいい。」
健人は、ダイニングの椅子に腰を下ろすと、テレビを点けた。
ゆうこは、湯の沸くのを待って、コーヒーを煎れると、カップをふたつ、テーブルの上に置いた。
「ね、健ちゃん。」
「何?」
「今日、健ちゃんもT屋に行ったでしょ?」
健人の顔がみるみる赤くなった。
「な、なんで?」
「そんなに驚くことないじゃない。たまたますれ違ったのよ。」
「あ、あれは・・・」
「別に、いいのよ。健ちゃんに、若いガールフレンドがいてもおかしくないし。」
「違うんだ、ゆうこさん。」
健人のあまりの慌てぶりに、ゆうこは、ちょっと意地の悪い気持ちになって続けた。
「それから、東口の韓国料理の店・・・」
「ええっ?!ど、どうして?」
健人が、ますます慌てた。
「だから偶然だって。」
「彼女は、同じ劇団の同期なんだ。買い物に付き合って欲しいって言われて、付き合っただけ。それで、そのお礼に、って食事をご馳走になったんだ。それだけだよ。」
「ふうん。」
「信じてない?」
「それにしては、仲良さそうだったじゃないの。」
「そう見えただけだよ。」
健人が、頬を膨らませた。
「そう。」
「なんだよ。ゆうこさんだって、あの人
と・・・」
健人が、言いかけて、やめた。
「そうね。じゃあ、健ちゃん、私達、もうこうして逢うの、やめましょう。」