穴を覗いたら


風が止んで雨が降ってきた


鼻に留まった蝶々が


片足でけんけんするから


私はウィンクしたくなる


小指で擦ったら


青い血が滲み出して


慌てて扉を閉めた


恐る恐る右足を突っ込んで


スカートのすそをたくし上げる


ずぶずぶと沈んで


ぬかった先は嵐になる


足場が崩れて


ひらりひらりと墜ちていく


目が慣れたらスローモーション


ポケットにキャンディ


両手でつかんで放り投げる


キンコンカンコン


当たったさきは金平糖なの


るるるららら


止まらないけどゆっくりで


痛くないけど早くして


輪っかが見えたら終わりなの


するすると


片足で滑って降りて行く


底は水


つつつと進んでジャンプする


たたんたたんと風の音


綿菓子の匂い


風に香ってお腹いっぱい


スカートを脱いで裸足になる


青が見えて


でも捕まらない


目を凝らすと


犬になって飛び出すの


捕まえないと帰れない


手を振り回し


大声で叫び続ける


砂浜は色がない


船も色がない


太陽は白色だ


見上げたらソフトクリーム


人型のもっこり


もぞもぞするのはなんで?


目玉が飛び出してきて


尻もちをついた


中からは青い蝶


追わないと帰れない


どこまでもどこまでも


空が青くなる


海は砂色


ぬるい風

昨日の台風が、嘘のように爽やかな朝だった。


「まったくもう、6月に台風なんて信じられない・・・」


建て付けの悪いドアの隙間から吹き込んだ雨水で、床が水浸しだ。


濡れた床に雑巾掛けをしながら、ルナはつぶやいた。


先週買ったばかりのマキシの裾が、びしょ濡れだ。


「あ~あ、今日は、いい天気だと思ったのに・・・こんな恰好で来るんじゃなかった。」


雑巾と一緒に、マキシの裾を絞った。


「大家さんに、言っとかないとね。」


ルナは、雨水でいっぱいになったバケツを持ち上げて外に出ると、歩道の植込みに向かってぶちまけた。


「お嬢さん。」


突然、肩越しに声をかけられて、びっくりして振り向いた。


30半ばのルナに向かって、「お嬢ちゃん」と呼びかけるのは、向かいのビルのオーナーの老婦人だけだ。


ルナが無言で振り向くと、サングラスをかけた顔色の悪い男が立っていた。


「・・何か?」


「僕のこと、覚えてる?」


こんなところで、こんな年の女にナンパ?


頭のおかしな男だと思い、ルナはすぐさま視線を外すと、


「いえ、知りません。」


と、冷たく言い放った。


「そうか・・・そうだよね。いや、いいんだ。」


迫真に迫った悲痛な男の声に、ルナは、ふと気になって、店に戻りかけた足を留めた。


「あの・・・どこかでお目にかかったこと、ありましたっけ?」


男は、かけていたサングラスを外すと、軽く会釈をした。


「小塚です。」


「小塚さんって、あの・・」


「先生。その節は、家内が大変お世話になりました。」


今度は、深々とお辞儀をした。


「一度だけ、家内と一緒にこちらに伺ったことがあるんです。」


「ええ!覚えていますとも。奥様と仲良く、鉢物を選んでいらした・・」


「早いもので、家内が亡くなって、半年になります。」


「そうでしたね。あんなにお元気でいらしたのに・・私もまだ信じられません。本当に楽しい方で、花教室でも、ムードメーカーでしたもの。」


突然、男の顔がくしゃりと歪み、大きな目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「小塚さん!」


ルナは、そんな男の涙を見るのは初めてだったので、慌ててバケツを放り出し、タオルを取りに行った。


「お気持ち、お察しいたします。」


「寂しくてねぇ・・家内を失くしてから、何にもやる気にならない。仕事も、早期退職してしまった。」


「そうでしたか。」


ルナは、タオルを差し出した。


男は、タオルを握り締めたまま、天を見上げて、ぽろぽろと涙を流し続けた。


「早く、迎えにきてくれないかと、毎日そればかり考えてしまうんです・・」


「素敵な奥様でしたもの。無理もありません。でも、ご主人が毎日そんな風に泣き暮らしていたら、奥様もさぞご心配でしょうね。」


「そうでしょうか。」


「ええ。まだ、あちらには、いらしてないと思いますよ。」


「毎日、遺影に話しかけているんです。でも、家内は、何も答えてくれない。」


ルナは、くすりと笑った。


「何か、おかしいですか?」


「ごめんなさい。だって、奥様、そんなところには、いらっしゃいませんもの。」


「だったら、どこに?」


「そうですね・・たとえば、ほら、そこに。」


ルナが、男の後ろを指差した。


「えっ。」


男の振り返った先に、薄紫色のトルコギキョウが、大きなガラスの花瓶に生けてあった。


幾重にも重なった花びらが美しい八重咲きのトルコギキョウ。


ルナが、朝一番に生けたものだ。


「ああ、家内が好きだった花だ。トルコギキョウ・・って言うんですか?」


「ええ。薄紫色の上品な美しい花。私も、この花を見るたび、小塚さんの事を思い出しています。」


男は、愛おしそうに、そっと花びらに手を触れると、胸いっぱい香りを吸い込んだ。


「花言葉は、あなたを想っています。」


男が、ルナの方を振り返り、ようやく笑顔を見せた。


「家内は、こんな近くにいたんですね。」


「ええ。小塚さんや、私が思い出す度に、そばに来てくれますわ。」


「先生。この花、全部ください。」


「ええっ?!全部、って、50本以上ありますよ。そんなに、たくさん・・」


「いいんです。今日は、家中に、この花を飾りたいんです。」


「わかりました。」


ルナは、トルコギキョウを一本だけ英字新聞に包んで、男に手渡した。


「残りは、あとで配達します。」


男は、黙って花を受け取ると、明るい足取りで、店を出ていった。


女は、永遠に好きな男のそばにいたい・・


今夜は、excentrique は、やっているだろうか?


ルナは、配達が済んだら、顔を出してみようと思った。





Y嬢の物語

カランコロン


入口のカウベルが鳴って、ルナは読んでいた雑誌から目を上げた。







「いらっしゃいませ。」


ポケットに手を入れたまま、30半ば過ぎの男が入ってきた。


ルナは、作業台裏の椅子に腰を下ろしたまま、ちらりと入口に目を遣った。









背はすらりとして高い。


休日なのだろうか、長めの髪を無造作に下ろしている。


男は、店内をぐるりと見渡すと、ルナに話しかけた。







「観葉植物が欲しいんだけど。」


ルナは、ようやく雑誌を閉じて、立ち上がった。







「どんな?」


「植物は、よくわからないんだ。」


「じゃあ、どんな所に置かれます?」


「店、なんだけど」


「何の?」


「バー。駅前で、店やってる。Excentrique って、知ってる?」







「ごめんなさい。知らないわ。」


「これ。」


男が、名刺を差し出した。


「ありがとうございます。」







ルナは、両手で受け取った。


近づくと、ふわりとティー系のコロンが香った。


この職業の男性にしては、珍しい。








住所を確認した。


男の名前に、興味はない。







「地下、なんですね。」


「それが何か?」


「光が入らないと、植物は枯れてしまうわ。」


「そうか・・」


「残念だけど」








「結婚してるの?」


「は?」







男の視線が、ルナの左手に注がれている。


別居中の夫がいるのだが、仕事柄、指輪はしない主義だ。







「ええ。」


「じゃあ、光が入らなくても、枯れない花を。」


「それなら、切り花を。夕方、生け込みに伺います。何時に伺えばいいかしら?」


「6時に。」









「早すぎるわ。12時に。」


は、黙って頷くと、店を出ていった。


あとには、ブラックティーの香りが残った。






Y嬢の物語

ルナは、小さな花屋を営んでいる。


しかし、朝が苦手な彼女の店が、午前中から開くことは、めったにない。


朝は、たいてい彼女のメイク中にかかってくる電話から始まる。







「今日は、店何時から?」


「んー、市場に寄ってからだから、1時半くらいかな。」


「わかったわ。その頃、伺うわ。」







ルナは、たっぷりとヨーグルトをかけた山盛りのフルーツを平らげてから、紅茶を飲み干した。


そして、愛猫を膝の上にのせて頬ずりすると、パソコンを開いた。







朝一番に、ヒロさんの メルマガをチェックするのが、彼女の日課だ。


「あら!今朝は、まだ来てないじゃないの。まったく、もう。」


ルナは、軽く舌打ちをした。


愛猫のうさぎ(♂)が、不思議そうな顔で、ルナを見上げた。

長い夢をみていたような気がする。


しとしとと降る、雨に混じった花の匂いで目が覚めた。








うっすらと目を開ける。


靄がかかったようにかすんで、はっきりと見えない。


体は、鉛を背負ったように重くて、身動きひとつできない。







遠くで、何度も私を呼ぶ声がする。


暖かな手が、私の頬に触れた。


頭を動かそうとするのだが、指一本動かすことができない。







ぽたぽたと、頬に暖かな滴が降りかかった。


ぼんやりとしていた輪郭が、やがて像を結んだ。







ヒロ 、さん・・・?」






「ゆうこ・・・よかった!」







「私、どうして・・・?」


「子猫を助けようとして、事故に遭ったんだよ。覚えてないの?」






「そうだ。子猫は?」


「大丈夫だよ。子猫はなんともない。君が、しっかりと抱えたままだったから。近くの獣医に預かってもらってる。」


「そう。よかった。いたた・・・」


ゆうこは、起き上がろうして、全身に激しい傷みが走った。







「君はよくないよ。まあ、左足の骨折と全身打撲ですんだのは、奇跡的だと思うけど。」


ヒロさんが、笑った。









「ヒロさん、私ね・・・」


「いいよ、何も言わなくて。とりあえず、ゆっくりお休み。目が覚めたこと、先生に知らせてくるから。」


は、椅子を立って、そのまま病室を出ていった。









いつの間に雨が上がったのか、窓の外が明るい。


細長い帯状の光が射し込んで、ゆうこの両手を包み込んでいた。


ゆっくりと手を開くと、中にほうっと小さな灯りが点り、手の平が暖かくなった。







私は、何を怖がっていたの・・・?







ゆうこは、ベッドサイドのテーブルの上に目をやった。


今朝切ったばかりなのだろう、露に濡れた青い紫陽花が、いきいきと香りを放っている。


そして、その横に、ゆうこの6月の誕生石、ムーンストーンのリングが光っていた。







~La Fin~






Y嬢の物語








初めて、小説のようなものを書き始めたのが、昨年10月の終わりでした。


そして、この連載は11月から。


最初は、一話完結の短編で書き始めたのですが、ヒロさんが、何か一貫したテーマがあった方がいいとアドバイスしてくれたので、途中から連載にしました。






ベースは、二人の男の間で揺れ動く、宇治十帖の浮舟です。


実際のゆうこと、小説の中のゆうことは、性格も全く違います。


そして、たぶん、ヒロさんも ^^






本当にプロットも何もなく、行き当たりばったりで書いた小説もどきですが、最後まで書き上がったことが嬉しいです。


ヒロさん、友情出演してくださった皆さん、そして、最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。






次週からは、中途半端に放置している連載「雨の中の噴水」と、「少女時代」を完成させて、早く「金瓶梅」(これは、かなりエロくなりそうなので、FC2で、ジャンルアダルトでの連載になるかもしれません^^)に着手したいと思います。


では、また





ゆうこ