自分の本音を言うのって

本当に抵抗あるなぁと、思った。

 


 

ちょうど、最近こんなことを

よく思ってるところでの、この記事。

 

 

前回の記事でも書かせていただきましたが、

 

>>罪悪感との戦い

 

自分を出すのが

本当に怖いんだろうなぁと。

 

 

自分(の本音)を出して拒否されたら、

恥ずかしいわ、絶望するわ、

なんなら、もう生きてられない

くらいの勢いで怖い。

 

 

しかし、ずっとそこから逃げてきた。

いろんな形で。

一つ、「照れ」と言う形が

私はよく取ってるかも。

 

 

「照れ」と言うワードが出てきたので

ちと話脱線しますが、

お付き合いいただけば幸いです。

 

 

彼氏とか、今ならオットとか、

名前で呼ぶのにすんごい抵抗あるんですよね。

で、肩書きで呼ぶ、みたいな。

 

 

しばし前の私は、オットのことを

「ダンナ」と呼んでました。

それにつられ、オットも私のことを

「嫁」と呼んでました。

 

 

が、ある人に突っ込まれ

オットはすぐに改善してくれたけど

私は未だ抵抗あり。

 

 

オットとのLINEのやりとりや

会話なんかで、自分のことを言う時も

「私が」じゃなく「嫁が」って

自分のことも肩書きで言ってるし。

 

 

そのくせに、人に「奥さん」とか言われると

嫌だと言ってるし(^^;;

肩書きで言うな、と(笑)

 

 

さらに言うと、親に、親の前では

特にオットやさらには友人のアダ名を

出すのに抵抗ある(^^;;

 

 

さらには、、、とほじるとキリないので

この辺にしておきますが、

 

 

この「照れ」が、一見「照れ」なようで

結論を言っちゃうと

「自分をさらけ出す」ことに抵抗あり、

「肩書きで、隠そうとしている」のだなぁと。

 

 

この結論に行き着く説明をしだすと

またまた長くなるので省略しますが

本当に、「自分を出す」「自分の本音を出す」

って、私に取って命がけなのです(^^;;

 

 

しかしながら、

ずっとそこから逃げてきた人生。

 

 

そろそろいい加減抜けないといけない

時期に迫ってきてる気がして

こう言うことをよく思うのであります。

 

 

私は、こんな形や

他にもいろんな形で自分を出すことに対する

抵抗を示していますが、

人によっていろんな形があると思います。

 

 

 

 

 

 

自分に正直に

 

 

 

自分に素直に

 

 

 

そしてそれを表現しよう

 

 

 

 

先日初めてお参りした

近くの白山神社

 

 

 

 

菊理姫がおられます。

 

 

 

 

お参りしていると突風が吹いてきました。

ありがたい。

 

 

今度は、石川県の白山比咩神社に

お参りに行きたいなぁ。

 

 

 


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