由香里は才津を伯母の住む実家へ招いた。 

 その日はリハビリの為に、由香里の伯母は病院へ行って留守であった。

 病院へ弟の理事長が付き添って、出かけているという筋書きだ。戻ったら相談をしようと持ちかけた。


 『何だか天候が悪くなってきたから、病院でしばらく様子を見るって連絡があったわ。折角ここまで来てもらって悪いわね。父もワインでも飲んで待っていてくれって言ってたわ。少し飲みましょうか。』 

 由香里はワイングラスを出して、赤ワインを注いだ。

『じゃあ、父への相談が上手くいって奨学生制度ができるように、乾杯。』 

 二人は一杯目のワインを飲み干した。 

 飲み干したその顔には不気味な笑みが浮かんでいた。才津のグラスには睡眠薬が入れてあったのだ。 

『あ、いけない。おつまみに何か用意するね。』 

 慌てたふりをしてキッチンへと向かった。 

『ワイン、飲んでていいからね。』 

 由香里は二杯目からは怪しまれないように、ワインの瓶そのものに薬を混ぜていた。

『気を使わなくていいよ。』 

 才津はほんのり酔いが回っていた。飲むふりをして飲まない由香里に気付くことはなかった。

 つまみのカマンベールチーズとクラッカーの相性も良く、飲み易さも重なって、三杯四杯と飲み干してしまっていた。ワインのアルコール度数の高さをつい忘れてしまっていのだった。


 目の前がぼやけ始めたと同時に身体の力が抜け、才津はその場に倒れた。すぅすぅと寝息を立てている。そのまま昏睡になってくれれば予定どおりだ。その様子を無言で見つめる。

 振り付ける雨の音が大きくなったのに気付き、窓の外を見た。

 『雨か、今日の私に味方をしてくれているわね。雨は嫌い。素直で可愛かった由香里を真っ暗な闇に堕とした。赤ちゃんを殺した。雨はいつも誰かの命を奪って流れていくのね。』 

 窓ガラスに笑みが写る。その顔に話かける。

『助けてあげるよ、由香里。』


 その頃、教会では高橋優子と岩永美咲が話をしていた。

『そう、どうしても産みたいのね。それは大変な苦労が待っているわよ。あなたの親御さんへの説明や学校、問題は山積みよ。』

 高橋優子はため息をつき、美咲を説得する。何度か繰り返された問答だ。

『私が了解しても、あなたの親御さんが反対するわよ。』

『もちろんわかっています。私自身が産むと決意して話さないといけないと思います。』

 美咲には強い意思がある。

『あなたの気持ちはわかったわ。とにかくあの子には大学だけは出させてちょうだい。病院の後取りなのよ。それはわかるでしょ。』

 もちろん美咲もそれを望んでいた。自分のせいで彼の人生を壊したくなかった。それまでは自分一人で何とかしよう、そう考えていたのだった。

『もちろんです。私はそれまでは一人でこの子を育てます。多分私は高校は辞めないといけなくなると思います。もちろん誰が父親かを言うつもりはないです。だから、大樹さんに迷惑はかけません。』

 美咲はそう訴えた。


 世の中、そんなに甘いものじゃないわよ。

 高橋優子はそんな姿の美咲を見ながら、心の中で呟いた。高校中退をしてどうやって生活するのかしら。赤ちゃんがいて何をどう働くのか。向こうの親が世話をして、相手は誰だと問題があがって、わかって揉めるのは目に見えているわよ。そう苛つく思いを抑えていた。


『本音で話し合えて良かったわ。雨がすごい強いわ。小降りになるまで少し雨宿りしましょう。』

 この話し合いが有意義だったと彼女に伝えた。



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