※『1991年未完詩集 青春』 塩澤幸登著 A5変形 フランス装幀 300ページ 

刊行時期未定 発売元未定

 

※写真/塩沢槙

 

 会話その一(愛の闇 作品41)

 

「ねえ、東京にもどったら☎してもいいかい」

「ええ」

「学校は何日から始まるの」

「九月の初め。すぐに試験になっちゃうわ」

「僕と同じだね」

「じきに秋になるわ」

「うん」

「秋って好きだわ」

「僕も好きだなあ、秋が一番いいなあ」

「冬になる一歩手前のね、晩秋」

「紅葉ノ山道ヲ枯葉ヲ踏ミシメテ歩マンか」

「なあに、それ」

「いま作ったんだよ」

「そうね、ハイキングなんていいかもね」

「行こうね」

「ええ」

「でも、あそこもいいところだったね」

「そうね。東京の周りにはないわね、ああいうところは」

「観光ずれしていなくて、人があまりいないところがよかったわ」

「海もきれいだったしね」

「海、きれいだった」

「毎日、刺身ばかり食べさせられた」

「刺身が好きになったでしょ」

「ははは、そうだよ」

「来年の夏もあそこに行きましょうか」

「そうだね」

「今度はあたし、みんなを連れていくわ」

「学校の友だち?」

「ええ」

「じゃあ、ぼくもそうするかな。きっと集団お見合いみたいになるよ」

「うふふ、そうね」

「みんな、なんて言うかなあ」

「なにを?」

「君のことさ」

「あなたはなんて言うの」

「旅先デ発見シマシタっていうよ」

「うふふ、なにか珍品みたいね」

「そうさ」

「東京まであとどのくらいかしら」

「相馬の駅を出たのは朝の九時だからね」

「各駅停車だものね」

「ほんと。いま、何時頃かしら」

「一時過ぎだよ」

「じゃ、あと二、三時間ね」

「ああ、そうだ、写真が出来たら電話するよ」

「ええ」

「うまく撮れているかなあ」

「大丈夫よ、きっと」

「いま、どのへん走っているんだろうね」

「さっき、海が見えたわ」

「あっそう、じゃあきっと、日立あたりだな。もうそろそろ関東平野」

「九十九里浜が見えたのかしら」

「うん、きっとそうだよ」

  ●一九六九年*月

 

  会話 その二(愛の闇 作品43)

 

「もしもし」

「あなた、やっと帰っていらしたのね」

「ああ、さっき帰ってきたところだ。会社の同僚といっしょだっだんだ」

「酔ってらっしゃるのね」

「ああ、少し飲んだ。君はいま、どこにいるんだい。実家?」

「ええ、深澤よ」

「本当にもう帰ってこないつもりなのかい」

「さあ、分からないわ」

「死ぬなんてうそだろ」

「さあ、分からないわ」

「俺が絶対にもう、ほかの女と浮気しないって誓ってもダメ?」

「分からないわ、もう」

「俺の言うことをもう、信じないということなの?」

「分からないのよ」

「分からないが好きになっちゃったなあ」

「あなたがわたしを分からなくしちゃったんじゃない」

「そうだったかなあ」

「あなた、私を殺してくれるんじゃないの」

「口げんかの売り言葉だろ」

「売り言葉でも買い言葉でも」

「ホントに死にたいのかい、口げんかぐらいで死にたくなっちゃうの」

「口げんかが原因で死ぬんじゃないわ。そんなことくらいで死にたくなんかなるもんですか」

「じゃあ,なに?」

「あなた、分からないの」

「さあ、分からないなあ」

「あたしが死んだら、どうなる? あなた、泣くかしら」

「そりゃ泣くさ」

「それからどうする?」

「さあ、どうするかなあ」

「あなた、分かっているんでしょ、わたしがいなくなったらどうするか」

「なにをいっているんだ。死ぬ死ぬっていい加減にしろよ」

「………」

「お前、気が狂ったんじゃないだろうな」

「気が狂っちゃったのはあなたじゃないの、噓ばかりついて」

「ハハハ、俺は気狂いじゃないよ」

「あなた、昔、あたしに俺も死にたくなったことがあるっていったわね」

「そうだっけ、俺、そんなこと言ったかなあ」

「忘れたのね」

「はっきり思い出せないんだよ」

「ねえ、あなた、……あなたまだ、あたしを愛していらっしゃる?」

「そんなこと、あらためて言わせるのかい」

「ねえ、はっきり言ってよ」

「そりゃ愛しているよ」

「今度はずいぶん簡単に、噓をつくようにいうのね」

「だって、お前がはっきり言えっていったじゃないか」

「ねえ、あたしたち、別れられるかしら」

「そりゃいいけど、俺と別れてどうするんだい。式は挙げてないけど、籍は入っているんだぜ」

「あら、そうだったわねえ」

「俺にゃ慰謝料なんて払えないよ」

「そんなこと、分かっているわ」

「別れてどうするんだい」

「さあ、どうしよう。ねえ、あなた、あなたは生きたいと思ってる?」

「さあ、生きたいと思って生きているのかなあ。お前が死んじゃったら分からないよ」

「それ、ホント?」

「そりゃそうさ」

「じゃ、あたしが死んだら後を追う?」

「ああ、そうだよ」

「いじらしいわね。いいこと聞いちゃったわ」

「そうかい」

「昼間、裕美さんていう人から電話がかかってきて、呼び出されて、駅前の喫茶店で会ったの。いつも渋谷の山王ホテルの203号室であなたと会ってセックスしているんだって、自慢してたわ」

「おまえ、……」

「あたし、もう………」

「なに言っているんだ、……」

「その裕美さんていう人が言うには、あなたにはあたしのほかにも愛人が何人もいるんだって、そう言ってたわ」

「………」

「あなた、女にもてすぎるのよ」

「ちょっと待ってくれよ」

「あたし、しばらくそっちに帰らない」

「俺がホントに愛してる女はお前だけ……」

「あたし、疲れちゃったのよ」

「分かった」

「やっと分かってくれた」

「しばらくってどのくらい帰ってこないつもりだい」

「分かんない、気の済むまでよ」

「ずっと帰ってこなくても迎えに行っちゃいけないのかい」

「ええ、迎えに来ちゃダメよ」

「でも、いつか帰ってくるんだろう」

「ええ、たぶん、いつか帰るわ、あなたのところへ」

「それじゃ迎えに行かないで、あなたが帰ってくるのを待っている」

「ホントね」

「浮気なんかもうしないよ」

「ホント?」

「ホントだとも」

「じゃあ、☎、切るわよ」

「ああ、それじゃなるべく早く帰ってきておくれ」

「ええ、じゃあ、おやすみなさい。さようなら」

「ああ、おやすみ」

  ●一九六九年*月

 ※22歳のときに書いたものです。