女性が、既婚男性を一度好きになると不倫

 

という負い目からか、どこまでもその男を

 

求め、密着していたいと思うらしい。

 

だが男は違う。たとえ好きでもいつまでも

 

一緒にいると飽きてくる。男が情熱を燃や

 

し、情欲を覚えるには、単なる好き嫌いを

 

こえて、欲望を奮い立たせる「なにか」が

 

必要になる。この「なにか」は男によって

 

様々だろうが、例えば、ようやく会えたと

 

いう喜びとか、長い出張や出向で、これで

 

しばらく会えないという切迫感とか、誰か

 

に見付かるかもしれないという危機感など

 

である。

 

いずれにせよ、一種の緊迫感が、男の欲望

 

を掻き立てる。

 

いつでも、お好きなようにと、なんの女性

 

としての装いもなく、ご自由に・・という

 

状態では、既婚男性は、日常となんら変わ

 

がなくなり、しらけしまい燃えなくなる。

 

まことに面倒な話だが、男の欲情はなにか

 

不合理な、不条理な、というべき世間様に

 

対して、どこかマイナス的要因がある方が

 

そそられるものだ。

 

 

男は、己の欲情そのものには極めて衝動的

 

だが、その前後については、すいぶん妄想

 

幻想がめぐり夢見がちな性である。

 

 

付き合いも長くなり、あるところまでゆけ

 

ば、男は、女性との性的行為そのものより

 

女性との「前戯」とも呼べる痴的ゲームを

 

楽しむようなところがある。

 

もっとも相手を間違って、セクハラになら

 

ないよう注意しないといけないが。

 

ハイボールを片手にバーカウンターで女性

 

の耳元に「昨夜の君は凄かったね 」と囁く

 

あの光景だ。

 

女性の、半分怒ったようで無視するような

 

そして、品よく「バカッ」と恥ずかし気に

 

反応する姿が既婚男性にはたまらない。

 

不倫という小さな欺きや偽りの中で、男は

 

こうした「非日常的で卑猥で下品な話」へ

 

の品のある反応で、女性への妄想・幻想を

 

掻き立てられる。

 

それは、愛しいと思う「女」を女性として

 

しっかりとらえきっていないが故にさらに

 

愛しい女性を追い求めるからだ。

 

 

また、既婚男性の不倫デートの大きな楽しみ

 

の一つは、己の妻とは明確に相違のある相手

 

の女性のファッションにある。

 

それは、ある意味で前戯にも等しいものだ。

 

男の想像を超えた素敵なファッションで小さ

 

く手を振りながら待ち合わせ場所に現れたる

 

ことが、大きな意味を持っている。その後の

 

あられもない姿とのギャップが、男の妄想を

 

掻き立てるからだ。

 

 

女性特有の不安定な感情からくる、タメ口や

 

ツンデレと、女性の躰の発するフェロモンと

 

オーラが、我が儘とか理不尽な行動を魅力的

 

に見せていることも事実だ。

 

つい先ほどまで意味もなくプンプンしていた

 

女が、抱かれれば快感に身を任せ、なんとも

 

言えない妖艶で怪しい喘ぎ声を出すその豹変

 

ぶり、我が儘な理不尽さと妖艶な快感表現の

 

ギャップがファッション同様、前戯のひとつ

 

に思える。

 

 

ここで大切なことは、タメ口も生意気な態度

 

も、どっかに優しさと相手の男への気遣いが

 

感じられている間は問題ない、むしろ可愛い

 

とさえ感じる。

 

しかし気遣い失った粗野な言葉使いは、無礼

 

以外の何物でもない。男にとっては、生意気

 

と無礼は全く違う代物だということだ。

 

 

出会ってお互いに新鮮なうちは、怒っても謝

 

らなくても、その仕草も含めて可愛いと思え

 

るものだが、時間が経つとやはり、最低限の

 

素直さや礼儀正しさは必要になって来る。

 

どんなに甘えても、女性として品の良さは失

 

ってはいけないし、最低の礼儀は忘れて欲し

 

くない。

 

 

己の性欲だけ不倫をする30代、40代の男

 

と50代以上の男性は「女性を観る視点」は

 

明らかに違う。どんな無様に、へらへらして

 

いても、その女性の醸し出す品性をこまかく

 

チェックしている。

 

なぜなら、この齢代になると連れている女性

 

でその男の人生が透けて見られ、歳を重ねた

 

男性ほど、それを一番恐れながら女性を選ぶ

 

からである。

 

逆に言えば、素敵な50代以上の男性に口説

 

かれる女性はそれだけの品性の持ち主である

 

ことの証明でもある。

 

 

そんな男が、ある時、愛しい女性が自ら崩壊

 

していく姿を目の当たりにすることがある。

 

その崩壊を見せつけられる側の男は口にこそ

 

出さないが、急速に醒めてしまう。

 

「女の自己崩壊」とは、既婚男性にとって己

 

の「妻」と同じになってしまうことだ。その

 

男性にとって、妻は二人いらない。

 

 

なにも派手なファッションや化粧を求めてい

 

るわけではく、「女としての品性」を含めて

 

めて「唆(そそ)る色気」を失わないで欲し

 

いのだ。

 

 

女の自己崩壊は、女性が気が付かないうちに

 

何度も繰り返されることによって不倫終焉の

 

序章が始まる。そして、ある日、些細な事で

 

関係は終焉を迎えることになる。

 

 

既婚男性は、妻という存在で、平穏な日常を

 

担保している分だけ愛しいと思う女の微妙な

 

変化を見逃さない。卑怯にして、実に陰惨な

 

生き物なのだ。