愛ゆえの狂気には、なにか惹かれるものが

 

ある。そもそも論になるが「性の行為」は

 

その原型において女性に「己を捨てる事」

 

を要求しそれが快感を得るための基本的な

 

条件だということを不倫に堕ちた二人には

 

暗黙のうちの了解となっている。

 

不倫相手との性の行為は配偶者とのそれと

 

比べればその濃密さと性技、費やす時間と

 

一途さに於いての違いは、歴然としていて

 

その頻度と激しさに「狂気」さえ感じる。

 

 

子供頃から論理的整合性とか、客観的正し

 

さこそが大切だと教えられ、そう信じて生

 

きてきた男性にとって、不倫相手の女性は

 

謎であり、非論理的な恋愛そのものという

 

わけである。

 

更に、そこに倫理に抗う、人の道を外れた

 

裏切りの恋愛の中に身を投じてしまうのだ

 

から、常軌を逸する行動にでるのも理解で

 

きないことではない。男性にとって、女性

 

の真の悦びは常に「高いバリケード」の先

 

にあることを実感している。いや、むしろ

 

様々な障害を越えた先にしか、女性の真の

 

悦びは存在しないとさえ思い込んでいる。

 

 

このバリケードとなるものは、先ず女性の

 

持つ羞恥心である。また潔癖感であったり

 

性行為に至る合理的な理由付けであったり

 

ときには相手の男性の自分の肉体に対する

 

価値基準だったりする。

 

これを抑え、のり越えてこそ、女性は真の

 

性の悦びを男性の前に、その妖艶な肢体と

 

ともに、さらけ出してくれる。

 

女性は、性の行為の前ではためらい迷うが

 

いったん火がつけば狂ったように身悶えし

 

歓喜の声を発しながら昇り詰めて果てるが

 

男性はそのバリケードをのり越えた女性の

 

狂気に近い痴態と、「こと」が終わった後

 

で魅せる、まるで何もなかったような平然

 

とした佇まいのギャップに驚きと愛おしさ

 

を感じる。

 

 

確かに他の動物に比べたら、人間の特徴は

 

理性的というか、論理的、時には抽象的な

 

思考をおこなうことができる点にある。

 

特に女性にはその誇るべき資質があること

 

に異論を唱えるつもりはないが、何故ここ

 

まで見事に豹変できるものか、いつも驚か

 

されるばかりである。

 

また、それが女性の品性の根源でもある。

 

かくも上品な女性が驚愕的な豹変を遂げる

 

から男性は大きなリスク背負ってまで不倫

 

をするのではあるが。

 

 

人間の原点には動物・獣が潜んでいること

 

は否めない。それがある日、甘美な愛を得

 

ることで真っ当な人間を「狂気の沙汰」に

 

走らせることになる。

 

文明が如何に進化しても決して進化しない

 

ものが一つだけある。それは、情念や感性

 

エロスといった領域のものだ。そのなかに

 

動物的本能が内包されているからに違い。

 

 

人間は動物の域から永遠に脱皮できないで

 

なんとか知恵を重ねて理想を実現しようと

 

もがき苦しんでいる。そんな進歩的な生き

 

物であると同時に実は「生々しい生き物」

 

でもある。

 

 

この二週間あまり連日報道され世間を騒が

 

せたTOKIOの山口が己の華麗な人生を棒に

 

振ってまでしでかした強制ワイセツ行為も

 

人間は、実は進歩的な生き物であると同時

 

に「生々しい生き物」でもあるという証明

 

かもしれない。今まで培った社会的立場や

 

信用を失っしまったことからも内包された

 

動物的狂気の存在は容易に想像できる。

 

彼の真の罪は「狂気」を内包していること

 

ではなく、その表現・発散する場所を間違

 

えたところにある。

 

 

人間が人間たる所以はこの進歩しない情念

 

や感性、さらにはエロスや邪念を内に秘め

 

ているからこそ、愛すべき男性であり可愛

 

い女性であって、近代社会の建前ばかりを

 

妄信し、既存の正義感を振りかざして世間

 

様の理想と自分自身の本音の間の大きな開

 

きの中でストレスを抱え「変質した狂気」

 

を生むより、もっと内なる獣の存在を認め

 

その獣の持つ狂気ともに生きる自然な人間

 

になった方が、今という時代と時間を有意

 

義に生きれるのかも知れない。

 

不倫とは、つまりそういうことなのだ。