きっと不倫の恋も恋だから ・不倫の作法・

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女性を不幸にしない不倫を本気で考える不倫問題研究家
不知倫太郎 Shirazu Rintaro


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雪の朝、まだ大きなベットで半裸の背中を見せて寝ている彼女を横目に、ホテルの窓

 

から一人で、やわらかい陽射しの冬景色を見ていると自然と心がなごんでくる。

 

しかし同時に、妻に「出張で今日・明日は帰れない」と言った己の持つ「理不尽さ」

 

に胸が押しつぶされそうになり、同じ景色が寒々とした空気感に包まれる。

 

 

ある人にとって不惑の原因になり得ることが、ある人にとっては、快楽のよみがえる

 

きっかけになり得る。性愛というものは、「景色や絵画」と同じで、精神的な背景で

 

ずいぶんと違ってしまうもので、そこがまた不思議で面白い。

 

.........

 

女にとっても男にとっても、常に心ときめく相手が居た方がいいに決まっている。

 

常に、胸を躍らせながら想い馳せる相手が居た方がいい。だからと言って、たまたま

 

既婚男性を好きになってしまい「奥さんと別れてくれ」なんて言うのは、厚かましす

 

ぎる。相手にだって大切な家族がある。

 

己が、目一杯100%「愛しい」と思うから、相手に120% を望んでしまうのだ。

 

無理もないことが、現実には、相手の様々な事情から80%しか自分に思いを寄せて

 

くれない。それは、無理もないことだ受け入れての不倫なのだ。それが出来ないから

 

自ずと男にも男の妻にも腹が立つ。「一人芝居で苦しむ女性」はみんなそうだ。

 

不倫で「女」を謳歌するなら、己が100なら、相手の男には80くらいで勘弁して

 

やるくらいの余裕と鈍感さを身につけるべきだ。

 

 

そもそも論になるが「不倫の恋」は、普通の恋と違って、己は、男より賢くなければ

 

成就できない。なぜなら、その恋は「相手の事情への配慮と想像力」を働かさせ

 

己を御し、高度な神経戦に絶えられないと「自分が保たない恋」だからだ。

 

 

女性は美しいが故に「しなくともいい苦労」がある。女性、常に「恋心」を失っては

 

いけない。男なんて履いて捨てるほどいる。だからいくら捨ててもいい。己を悩ます

 

気遣いのできない貧乏くさい男はどんどん捨るべきだ。どうせ拾った恋なのだから。

 

時と場合に合わせて「都合のいい女」を演じ、使い分け、しっかりと自分の立ち位置

 

を確立し、その立ち位置を揺るがせる男は、スパッと断ち切れる勇気が求められる。

 

 

この歳になってしみじみ思うのは、男性だって、それなりに社会的に責任を果たした

 

結果、そのご褒美として「浮気」のひとつも許されるだろう、と開き直っているのだ

 

から、家庭人としての役目を両立させながら、女性だって「女として一番艶めいて

 

輝いている」ときに、好きなことをドンドンやっても許されるのではないか、という

 

ことだ。

 

男も女も、ある程度まで歳をとったら不倫の如く「甘美な恋」なんて、どうせ出来な

 

くなるのからだ。

 

 

綺麗な女というのは、ただ目鼻立ちが整っているいうだけだ。しかし「いい女」と呼

 

ばれる女は、そのうえに女の優しさや妖しさ、艶っぽさが匂っている。そして、ガツ

 

ガツしない余裕みないなものを感じる。

 

さらに、「いい女」と呼ばれる女は「男の方から戻って来るまで待てる能力」に秀で

 

て、その佇まいが美しい。なぜなら、いい女は、来る男を待ちながら幸福感に浸るこ

 

とができるからだ。時には「訳あり」で、来るあてもない男を、心に秘めて待つこと

 

だって出来る。

 

 

いい女は、燃えているときはもちろんだが、燃え尽きた後の「静寂さ」にも味わいが

 

ある。その瞬間、男は全てが終末に向かうような予感を覚えるが、同時に無の世界に

 

堕ちていくような安らぎも覚える。

 

「いい女」は、深くつながり合っている男に改めて「愛しさ」を覚えさせられる。

 

女は、燃え尽きたあとの火照った己の身体から、汗まじりの体液の匂いを醸し出す。

 

時が止まった静寂の中で、その匂いを充満させ、今一度の狼藉を男に強いる艶かしさ

 

を創造する天性みたいなものを持っているに違いない。男が女が発する全ての体液に

 

特別な思い入れがあることをよく知っている。

 

 

気が付くと、男の腕の中に女はすっぽりおさまり、女の頭は男の肩口にあり、女の上

 

半身はやや覆い被さるように男に寄り添う。情事の前と変わりはないが、イッた後の

 

姿は、ともに満ち足りたという充足感のせいか、密着していながらどこか「ゆとり」

 

があり、その軽く緩やかな抱擁の感覚が気だるく心地よい。


 

「いい女」というは、目を閉じながらつくづく己の「女」としての変貌に驚いてる様

 

を、愛撫を施す男にそれとなく感じ取らせる。だから男は、その躰に飽きが来ない。

まるで、相手の男を知るまで、男はみな乱暴で、勝手気ままなものだと一人合点して

いたが、今はまるで違う。この男ほど優しく、心惹かれる人は居ない、という思いを

 

躰の反応で表現できる。だから男は、家庭での煩雑さで失いかけた「男として自信」

 

を取り戻せ、その女に愛しさが増すのだ。


また、女は「性の悦び」を羞恥心の渦に中で、すぐには魅せてくれない。なんとなく

 

わかる程度で始まる。男を焦らしているだろうか、茫漠として、どこかとらえどころ

 

はないが、ある瞬間、男の執拗で丁寧な愛撫に応えて、女の躰の奥のほうで微かでは

 

あるが、確かに「鳴り出すもの」がある。

そして、男の心情を知ってか知らずか「こんなの初めてェ」と小さく喘ぎ、己の躰は

 

まるで、この男によって「真の悦び」を呼びさまされたかのように装える「演技力」

 

を持っている。

 

 

さらに、抱かれながら、男と女の躰は、どうしてこの程度にしか密着できないのかと

 

ばかりに、その艶やかで暖かい肢体を絡み付けてくる。

これ以上、触れ合う面を広くできないものなのか。裏も表も、胸も背中も膝も足の裏

も、すべて重ね合わせたいと狂気にも似た愛撫を返し、まるで男が「女の性的豹変」

 

に一番弱いことを知っているかのように、これでもかと口吸を繰り返し男をむさぼり

 

尽くし、「長く途絶え、忘れかけていた回春」の疼きを掻き立ててくれる。

 

 

「いい女」のもっとも妙妙なるところは、この不倫に「終わり」があることは、初め

 

から分かっていて、終わらせ方も、別れの景観も、胸の奥に秘めていることである。

男には「終わりはない」と思い込ませ、終わりを忘れて「伴に過す空間」を楽しみ

 

「己の躰」をむさぼらせておいて、ある日、ふッと「終わり」を垣間みせることが

 

出来る「冷酷さ」があるところだ。


性の行為は、その原風景に於いて女性に「己を捨てること」を要求している。それが

 

快感を得るための基本的な条件だと言われているが、本当に「いい女」と呼ばれる

 

女性は、そんな男社会の創った呪縛などに囚われてはいない「怖い」生き物だ。

 

 

生半可な気持ちで不倫をしている男性は、あんまり「女性をなめてはいかんぜよッ」

 

ひょっとして、ずるく、卑怯極まりない「貴殿の魂胆」など、とっくに見抜いて遊ば

 

れているのかも知れないのだ。


 

 

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