人に好かれるということの意味

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長い休みも終わり、明日以降はまた、普通に「日常」が始まる。しかし、彼からまだ

 

連絡が来ず、不安になり、こっちから連絡を取ろうか、いや、待つべきか、はたまた

 

クリスマスをスルーされたので、しばらくは無視してやろうかと様々に浮かぶ身の処

 

し方で胸がざわついている方も少なくない筈だ。

 

 

イライラしても事態は動かないので、ここで「人に好かれるということの意味」を

 

考えてみましょう。

 

 

男性に好かれるということは、相手にことさら何もしてあげる必要はなく、等身大で

 

ありのままの貴女でいいのである。

 

男の言動に敏感すぎる女性にはこれがわからない。何かことさらにしてあげなければ

 

好きになってもらえない、仮に好きになってもらったとしても、また捨てられると

 

思ってしまう。

 

好かれるということは「相手がもう既に貴女に満足している」ということなのだ。

 

何もしてあげなくてもいいのだ。ただ「貴女と一緒にいること」で充分に満ちたりて

 

いるということなのである。

 

相手が貴女が好きなら、連絡がこないのは「何か考えあってのこと」なのだ。だから

 

貴女は、安心して日常をこなしてればいいのだ。

 

会いたいなら、素直に「早く会いたいな」とメールすればいいだけのことのである。

 

 

男の言動に敏感すぎる女性は、これが出来ない。様々な妄想が先走り、一人芝居で

 

悩む。心の底で自分自身に満足していない女性は、相手が単に貴女と居るだけで満足

 

している、貴女という女性が胸の中に存在しているだけで満足し、たまたま他のこと

 

に集中していて「連絡がまだ出来ていない」ただそれだけだ、ということに想像が及

 

ばない。

 

 

そこで、自分が良しとしない「様々な無理」をすることになる。意にそぐわない何ら

 

かの意地悪なメールをしようとする。或いは、逆に、少しでも気に入られようと無理

 

をして、素直に会いたいとメールをしない。

 

 

男に気に入られようとすることは決して悪いことではないが、「それ」をしなければ

 

相手の男性の好意を引き続き保てないと思っていることが間違いなのである。

 

そして、常にそう思っているがゆえに、いつになっても親密になれず、どこか不安な

 

のである。

 

このブログでも何度か取り上げているが、おそらく幼い頃、貴女にとって重要な人が

 

つまり母親か父親の気に入ることをしなければ、甘させてももらえなかったり、拒絶

 

された体験が尾を引いてしまっているのだろう。

 

そこで、大人になっても、他人は、惚れた男は、みな同じであると錯覚している。

 

 

そういう貴女は、今目の前のいる現実の、しかも、惚れた男の現実を見ていないので

 

ある。その目の前の「惚れた男」を通して、幼い頃に貴女の周囲に居たゆがんだ大人

 

たちを見ているにしかすぎない。つまり、今目の前にいる惚れた男を通して昔の辛い

 

体験を再体験しているすぎにない。

 

ましてや「不倫」という閉ざされた環境の中では、その現象は増幅され、相手の男性

 

とって、やたらとしがみつく鬱陶しい女と映ってしまうことになる。

 

貴女が今いるところの、今接している「男」を見よう、理解しようというしない姿勢

 

が、貴女をいつの間には「鬱陶しい女」にしているのだ。

 

今目の前のいる「現実の惚れた男」を理解しようとすれば、それらの誤解は一切なく

 

なり、もとの「いい女」に戻れる筈である。

 

 

男の言動に敏感すぎる女性というのは、今目の前にいる惚れた男を理解するより先に

 

「その男から悪く思われないよう、嫌われないようにしよう」という防衛的な姿勢だ

 

先になってしまう。

 

不倫をしている女性の中には、その立場の危うさから「相手の男」を理解しようする

 

ことより、「悪く思われること」から必死で自分を守ろうとするために、全く無駄な

 

エネルギーを使って消耗してしまって疲れ果る人も少なくない。

 

 

しかしそれは仕方のないことである。幼い頃自分を偽ったり、自分を犠牲にした時だ

 

け重要な人に気に入られた貴女にしてみれば、大人になっていきなり、ありのままの

 

自分でも「他人」は好きになってくれると言われても、そう感じることは出来ない。

 

 

しかしやがて、それに気がつけば、その感じ方にも、確かさにも「そうだ」と感じら

 

れるようになる。

 

自分が心の底で自分に満足していないことに気がつき、自分が自分に満足できるよう

 

になれば、他人もまた、欠点だらけのあるがままの自分に満足していることが自然と

 

感じられるようになる。

 

惚れた男にとって「いい女」であり続けるには、時々じっくり「本当の自分の姿」と

 

向き合う「気づきの時間」をとってみるのも必要かも知れない。

 

 

不倫をしている50代以上の男性にも理由が根本的に異なるが、同じことが言える。

 

自分で自分を「心の底」で、見た目にも体力的にも自信を失っている男にとって、相

 

手の女姓が、自分好きだと信じることは、何か違和感があり、そのように考えること

 

に馴染まないのである。

 

どうもそのように感じることは、老醜の見え隠れし始めた己にはしっくりこないので

 

ある。実際に「大好きよ」と言われて、そう感じようとしても何か「嘘だろうッ」と

 

いう気持ちになってしまう。つい「お金が目的だな」と考えてしまい、相手が今のま

 

ま自分を好きなのだと感じようとしても、「そんな感じ方」がどこか頼りなく、本当

 

にそう感じて大丈夫なのかという不安が残ってしまうのだ。

 

 

だから時として、相手の女性に対して「分けのわからない言動」をしたり、「うざっ

 

たるい行動」に出てしまう。

 

散々「好きだ」と言いながら、突然「もう会えない」と言い出したり、誕生日をドタ

 

キャンしたりする。「妻にも誕生日なんかしていないのに、彼女の誕生日を祝うって

 

俺は、いったい何をしているのだろう」とフッと我に戻る瞬間がある。

 

 

男も、50歳を過ぎてくると自分に自信が持てガンガン攻められる時と「あ〜、もう

 

だめだ」と落ち込む時が交互に襲ってくる。落ち込むと当然が「妻」が恋しくなり

 

調子が出てくると「女に走る」。

 

女性がよく、不倫相手の男性を称して「子どもみたいな人」というのは、この辺から

 

きているだと思われる。

 

 

 

 

 

 

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