女性が、不倫自体をどう見るかは、年齢でもずいぶん変わってくるし、モテる女とモ

 

テない女でも変わってくる。

 

体験の数もあるし、いい目にあっている人とあってない人でもまったく違う。こうい

 

うブログで言うと問題がありそうだが、嫌われついでに言えば、モテない女というこ

 

とで「屈折している人」もいっぱい居るし、すくすく生きてあっけらかんとしている

 

女もいる。

 

すこし古い言葉になるが、女性では「貞節」にこだわる人が沢山いる。それはそれで

 

素敵なことだと思う。正直、妻には僕が逝くまでは、それにこだわって欲しい。

 

 

「私は生涯、夫以外の男性とは一度も不潔な不倫なんてしませんでした」と大見得を

 

切る人がいるが、不埒な男の眼からみれば、誰も寄ってこなくて生涯純潔だった、と

 

いうのは「結果論の純潔」なんであって本源的純潔とは違うんですよ、と言いたい。

 

 

自然で、本当に純潔を通す人は、大見得は切らない。そんなことは「秘すれば花」と

 

いうことをよく知っているからだ。

 

 

群がる男がいる中で、例えば、3人と関わったのと、誰からも言い寄って来られず止

 

む無く純潔だったのを比べると、3人と関わった女の方が偉いかも知れない。

 

 

だから、そういうことでも、不倫をする人の評価も変わってくるわけで、なんだかん

 

だ言っても、やっぱりモテてきた女の方が、おおらかで柔軟性があるし、モテない女

 

の中には、極端に「倫理」や「道徳」そして「普遍の愛」に偏(かたよ)って厳しい

 

人もいる。

 

 

だいたい「普遍の愛」なんて代物は、出会った瞬間に感じるものではない。ともに

 

何十年と生き、艱難辛苦と味わってこそ生まれるものであって、軽々に口にするもの

 

ではない。

 

そもそも恋愛の愛と「普遍の愛」を同じステージで語るべきものではないのだ。ここ

 

が分かっていない女は、既婚者に恋をしてはいけない。

 

 

僕らの年齢になると、一目で「モテる女や過去にモテた女」は分かるものだ。優しさ

 

が自然で「年齢に関係なく」立ち振る舞いがどことなくエレガントで優雅さが漂って

 

いる。その人を包む空気感が違う。

 

50代を過ぎると、男の顔には、これまでの「生き様」が現れるものだが、女の顔に

 

は「心の変遷」が透けて見える。

 

 

好きな相手が居れば、男も女も相当長い間、枯れないと思う。やっぱりどんな形あれ

 

恋愛は命の輝きだし、生きている証しだから、正論やきれいごとをあれやこれや並べ

 

立てている女でも「本当に自分はこれでいいのか、燃えて生きてきたと言えるのか」

 

と考えこんでいる人もけっこう多いのではなかろうか。

 

 

正論やきれいごとを並べ立てる人の中には、世間体や他人の眼を気にし過ぎて「本当

 

の自分」とか「等身大」の自分というものに向き合って来なかったのだ。社会がこう

 

あるべきと評価する人間像に囚われてしまって、もう一人の醜い自分、に向き合って

 

来なかったのだ。今、心のどこかでそれに気づき始め、葛藤している。

 

そういう時は、愚かに見える人を批判するのではなく、自分も愚かに、不埒になって

 

みることも「あり」だと思う。案外、自分も含めて、今まで見えなかったものが見え

 

てくるかも知れない。

 

 

第一次恋愛期で、しかるべき男と結婚をして、生活の基盤も出来た余裕のある女だけ

 

が言えることかもしれないが、第二次恋愛期というものが「女」にはありそうに思え

 

てならない。( この際男は年中発情期なので、そう言う分け方はしないでおく。)

 

その時には、女は本当に純粋な恋愛ができるのではないか。なにもそれで家庭を壊す

 

壊さないじゃなくて、生活というものを考えないで、自分に必要なものだけを相手に

 

求め、男が求めるものだけを与えるという「経過論的不埒さ」とでもいうべきもので

 

ある。

 

 

経過論とは、ある段階過程を通って次の段階過程に移ること。また,その変化するあ

 

りさまを言うが、いい女は、まさしくこの王道を歩いている。

 

 

主婦だって可愛い女だし、濃厚な性愛に溺れてみたいと思うのは、雌という生き物と

 

しては、至極当たり前の欲求だ。気がつけば、身も心も丸裸にされ、もう彼しか観え

 

なくなる危険性を秘めているものの、独身なら、訳のわかない上司や仕事、数年付き

 

合っても、結婚の意思も示さない彼氏で煮詰まってきている時、主婦なら煩雑な日常

 

に追われ、子供や夫の世話に翻弄されもう「女」を忘れかけた時、突然、甘い言葉で

 

自分の女を賞賛されれば、誰だって実行するしないは別として不倫を身近に肌で感じ

 

るに違いない。

 

 

どうして貴女みたいに綺麗で、素敵な方が、他の男に口説かれたりしないんですかね

 

信じられませんよ、なんて見え透いた甘い口説き文句にさえ、こんな年齢(女性が勝

 

手に決め付けている」になった自分に、そんな表現をする男が近づけば驚くはずだ。

 

 

可愛い・素敵・綺麗という貴女の前から、とうの昔に吹き飛んでしまった言葉を、男

 

は丁寧にかき集め、貴女の胸に抱かせてくれるのだ。とやかく言っても、女性は懸命

 

に一途に口説く男に弱いものだ。特に、こう見えても若い頃は、モテ・モテと自信の

 

あった女性は、こういう口説きには弱い。

 

 

でも「大人の女」は分かるはずだ。それらの甘い言葉は、貴女の肉体を貪るまでの単

 

なるツールに過ぎないことを。でも、人生でもう一度だけ、男という邪悪な生き物に

 

この身を「獣のように貪られたい衝動」が残っているのも確かな事実だ。女としての

 

尊厳、雌として生理的欲望が、理性を越える時に「女」になって、その道なぬ恋路に

 

足を踏み入れてしまうことになる。

 

 

こうした経過を辿って婚外の恋に身を焼く女と、モテない女ということで、屈折して

 

やたらと他人の恋に評価を下す女、まるで恋愛などには無頓着でひょうひょうと己の

 

趣味に生きる女、経過論的不埒さ、結果論的純潔、そして根源的無頓着さ、女の性は

 

実に様々で面白いものだ。

 

 

 

 

 

 

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