石川啄木の詩集の中に、こんなものを見つけた。

 

   猫を飼はば その猫がまた 争ひの 種となるらむ かなしき我が家
 

 

別れが近くなると、待ち合わせの遅刻、LINEの返事の有無、メールの内容、それぞれ

 

他人が聞くと他愛のないものが、二人の間では、憎しみ、罵り合うきっかけになる。

 

しかも、なにが、いつ、争いの原因になるか、当の二人にさえ予測がつかなくなる。

 

そして、結果的にその未来のない恋愛を呪うことになる。

                             

意気地なしと言われるかもしれないが、男というものは、一旦、結婚し家庭を持って

 

しまうと、そう簡単に家庭を捨てるわけにはいかない。ここから先は「勇気」という

 

よりも、「責任感」の問題なるので、女性との議論がかみ合わなくなる。

 

 

女の「好き」は絶対的で、男の「好き」は比較的ということで、「別れ」もこれに

 

準じて、女の別れは本格的で、男の別れは、どこか曖昧模糊として「余韻」含みだと

 

言える。

 

とにかく、男は、女一人ごときに振り回せられるから男でなのであって、女に逃げら

 

れても、慌てふためかないようでは、真っ当な男とは言えない。

 

 

既婚者の恋の末路としての「失恋」は、独身者のそれとは、色彩も深さも大きく違う

 

し、傷の痛み方も違う。特に、中年を過ぎてからの「不倫」からの「失恋」は、なぜ

 

か骨身に沁みるものだ。僕も50代前半のころ、失敗すれば「妻」の元へ帰れば済む

 

くらいの話と、高を括っていたが、そうはいかなかった。

 

簡単に、失恋いう言葉では言い表せない複雑なものがあって、むしろ「喪失感」とで

 

も呼ぶべき、それは酷烈なものだった。

 

 

愛を育むのも大変だが、それ以上に「別れ」は大変でそれなりのエネルギーがいる。

 

不倫の場合は、どちらか、或いは、両方に何か精神的なブラックホールみたいなもの

 

があって、そこに吸い込まれるようにして始まるもので、その分その破局の際に放出

 

されるエネルギーには、凄まじいものがある。

 

 

独身のころの恋愛は、「結婚」というゴールがあって様々なチェックポイントを乗り

 

越えなければならず、ある意味「条件闘争」みたいなものであった。

 

しかし、不倫では、その様相がまるで違う。出会いから「男と女」の仲になるまでの

 

期間が極端に短い場合が多く、下手をすると出会ったその日に、そうなって、やがて

 

肌が馴染んで、心が後追いし、深みにはまる。

 

それは、互いに未来を望めない分、「今」という時間に燃え「背徳」に揺らぎ、限ら

 

れた時間と空間で「相手」の全てを吸い尽くそうとするからである。

 

 

さらに「性愛」では、その本質の部分で決定的に違う。

 

結婚をゴールに愛し合うのと、ゴールも未来もない愛し合い方は、その性愛にかける

 

時間も、技も、気持ちの入れ方、その淫靡さも、全ての点で劇的な相違がある。

 

 

だから、不倫の恋が、一方的な事情で終わる時は、互いに強烈な「喪失感」を味わう

 

ことになる。恋愛の対象である「人」そのものへの喪失感と同じくらい、いやそれ以

 

上に、性愛への喪失感が身に沁みる。

 

昔から、不倫ドラマの中で「頭では彼のことを忘れられても、この躰は、肌は、まだ

 

覚えているの」と言うよく使われる台詞があるが、きっと、それはこの辺から来てい

 

るのだろう。

 

相手への愛着と、性への執着が、相乗して「不倫関係の破綻」はより深刻で、修羅場

 

となる。独身同士の恋愛トラブルで、修羅場という表現はあまり聞いたことがない。

 

 

繰り返しになるが、不倫の恐ろしいところは、その深遠なる「性愛」にあることだ。

 

男が女性に施すひとつひとつの内容に、もの凄いものがある。家庭でのそれとは、比

 

較にならない。女も、今まで味わったことない快感に我をわすれ、一匹の雌と化して

 

狂うことになる。

 

夫との間で長年レスだったり、あっても一方的だったものが、「不倫のベッド」では

 

あんなこと、こんなことまでされてしまうので、女性にはたまったものではない。

 

未知なる媚態の中で味わう「驚愕的な性感」に小刻みな痙攣さえ覚えることになる。

 

様々な女性誌で目にする「不倫で初めて イク という感覚を知った」という話は、多分

 

このことを言っているのだろう。

 

 

愛が順調であったころは、女神のようであった女が、別れ話が生じた途端、男の目に

 

は、髪振り乱した阿修羅となって映り、狂女となって襲いかかってくるような恐怖感

 

さえを覚えることがある。

 

相手の男への愛着もさることながら、それまで自分に施された「性愛」への執着が女

 

を狂わせるに違いない。

 

 

しかし、ほとんどの大人の女は、その別れで抱く、阿修羅の如く壮絶な「喪失感」を

 

日常の煩雑さのなかで、静かに昇華させていける。

 

そして別れることに美しいか醜いか、そんな表面的なことをなど考える必要はない。

 

今、無理に「別れ」をつくろわなくても、やがて「歳月」が、過去のベールを落とし

 

美しく、甘い別れに変えてくれることを知っている。

 

傷ついても立ち直る英知があれば傷はむしろ人生の宝になるはずだ。そして時を経て

 

別れは、必ずその人の彩りとなり、芳醇な香りを生み出すはずだ、と。

 

 

本当に愛し合った末の別れなら、どんなに傷つけ、罵りあってもいい。とことん傷つ

 

きそこからまたもう一度這い上がればいい。

 

別れは新しい自分と出会うスタートとして、より積極的に、明るく前向きにとらえて

 

いきたいものだ。

 

不倫をしたことは、たまたま好きになった男が既婚者だったと思えばいいだけのこと

 

で「その恋愛にはいつか終わりが訪れる」と言って哀しむこともない。たとえ一時的

 

でも、一人の男を好きになった言う事実は、貴女をより豊かにするし、泣くだけ泣け

 

ば、やがて、そこから立ち直る勇気も湧いてくるし、「その涙で濡れた分だけ」その

 

「佇まいの美しさ」は、さらに増すものだ。

 

 

どんな恋愛でも失ったときは絶望的になる。でも人間は、また新しい勇気や力が湧い

 

てきて、日常を取り戻し、新しい恋や、新しい仕事ができようになる。特に「女性」

 

には、そんなたくましい部分と「忘れていく強さ」みたいなものがある。

 

 

 

 

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