相原幸典のブログ 優秀なる表現者への道

相原幸典のブログ 優秀なる表現者への道

エイベックスアクター専任講師の独り言です。

2025年、この特別な年を迎えるにあたり、私はふと、この国の歩みに思いを馳せている。垂れ流されるデジタルニュース、絶え間なく更新されるYouTubeやTikTokのフィード。 その画面越しに見えるのは、平和を謳歌する現代日本の日常だ。 この光景をメディアで目にするたびに、私は、今から80年前、焼け野原と化したこの国で、人々が何を思い、何を信じて生きていたのかと思いを馳せずにはいられない。 終戦から80年という歳月は、私にとって、単なる歴史の年表上の数字ではなく、「破壊」から「創造」へと向かう、人々の途方もない意志の軌跡そのものである。 私自身、昭和35年(1960年)に生を受けた。敗戦の記憶が生々しい時代に生まれ育ったわけではないが、戦後復興期の写真や資料を紐解くたびに、当時の人々の不屈の精神に、私はただただ心を打たれる。 連合国による占領下で、彼らは「民主主義」という新たな概念を手探りで学び、そしてGHQ主導のもと作成された日本国憲法を、新たな国家の礎として受け入れた。 それは、二度と同じ過ちを繰り返さないという強い決意の表れであったと同時に、自らの手で未来を構想する自由を奪われた、複雑な出発点でもあったと私は解釈している。 この時期の日本の歩みは、まさしく、与えられた枠組みの中で、人々が血の滲むような努力によって紡ぎ出した奇跡であった。 続く高度経済成長期は、私が子ども時代を過ごした時期と重なる。テレビの画面に映し出される東京オリンピックの熱狂(4歳の時だった) そして大阪万博の「人類の進歩と調和」というテーマに、私たちは未来への限りない希望を抱いた。 この時代の日本は、「経済大国」という旗印のもと、世界にその存在感を示し、人々の生活水準は劇的に向上した。あの頃、豊かになること、成長することこそが絶対の善であり、私たちは皆、ひたすら前を向いて走っていた。共通一次テストの1年目当たった私は、目標としていた大学には入れず、仕方なく入った大学も除籍になり、さらに入り直した二流大学を4年で中退し、逃げるかのように演技の世界に入る。 そして、青年期から壮年期を迎えつつあった私たちが目の当たりにしたのが、バブル経済だった。 土地や株価の急騰という熱狂の中で、社会全体が刹那的な繁栄に酔いしれていた。しかし、1990年代初頭のバブル崩壊は、その幻想を無慈悲に打ち砕いた。そして始まった「失われた30年」という長い停滞は、私たちに「豊かさ」とは何かを問い直し、そして過信がもたらす脆さを痛感させた。あの時代の熱狂と、その後の落胆は、私の人生観にも深く刻み込まれている。 私自身の生活はバブル崩壊の後期から音楽業界が急激に拡大し、大きな恩恵を受けることになるのだが。それはさておき。 現代の日本は、少子高齢化、人口減少という、かつて経験したことのない静かな危機に直面している。東日本大震災やパンデミックを乗り越えてきた私たちのレジリエンス(回復力)は、確かに驚くべきものだ。 しかし、その一方で、若者の将来への不安や格差の拡大といった、内なる課題はますます深刻になっている。 また大学教員として、そして演出家としてZ世代と呼ばれる若者と接してみると埋め切れない、ギャップとアイデンティティーの違いを痛感させられる。 無力感といってもいい。かつて学生運動に身を投じていた頃の絶望感と同じ匂いだ。 80年の歴史を振り返り、経済的な成功の影で積み残されてきたこれらの課題に、私たちは真正面から向き合わなければならない。 この80年という時間の重みは、私に一つの問いを投げかける。 「私たちは、戦争の記憶をどのように継承すべきなのか」。 戦争を知る世代が少なくなる今、戦争の悲惨さや平和の尊さを伝えることは、ますます難しくなっている。 しかし、だからこそ、私たちは歴史から目を背けず、自らの頭で考え、未来を構想する責任がある。 奇しくも、この駄文を綴っている今日、私の住む湯河原では、長崎に原爆が投下された時刻を告げるサイレンが、遠くから聞こえてきた。 先日、湯河原では広島原爆投下のサイレンが日本で唯一鳴らなかった。 胸の内にくすぶっていた何かが、その音によって再び熱を帯びた。それは、80年前のあの日、この国の空に響いたはずの悲劇を、今この瞬間、決して遠い出来事として忘れてはならないという、私自身の心からの警鐘なのだ。 清水邦夫の言葉を借りれば「泣かないのか、泣かないのか、2025年のために」である。 戦後80年という節目は、日本が「破壊」から「創造」へと歩んだ軌跡を振り返る時間であると同時に、今この瞬間、私たちが何者であり、どこへ向かうべきかを自らに問う、重要な機会なのだと私は思う。 この国が、過去の教訓を胸に、未来志向で新たな調和を見出していくことを、私は心から願ってやまない。

「ください」と「下さい」は、どちらも相手に何かを依頼する際に使われる言葉ですが、意味や使い方が少し異なります。

1. 意味の違い
* ください: 補助動詞として使われ、動詞の後に続いて「~してください」という形で、相手に何かをすることを丁寧に依頼する意味を表します。


* 下さい: 動詞「くれ」の尊敬語・丁寧語として使われ、「~を下さい」という形で、相手に何かをくれるように依頼する意味を表します。

2. 使い方の違い
* ください:
* 「窓を開けてください」
* 「この本を読んでください」
* 「詳しく教えてください」

* 下さい:
* 「このパンを下さい」
* 「お水を下さい」
* 「領収書を下さい」
3. その他
* 「ください」は、ひらがなで書くのが一般的です。
* 「下さい」は、漢字で書くのが一般的ですが、ひらがなで「ください」と書いても間違いではありません。
* どちらの言葉を使うかは、相手や状況によって使い分けることが大切です。
まとめ


くださいとひらがな表記の方が無難です。


ビールスタンドかどやは湯河原温泉にあります。

おいでください。
| 種類 | 意味 To make your response more comprehensive, please provide the context or situation where these words are used.

長いこと人間をやっていると、「言葉のニュアンス」について質問が来る。

実際、私のブログは「類語辞典にも載っていない」言葉のニュアンスについてアクセスされることが多い

 

今回は表題の「押し入ると押し掛けるの違い」について書こうと思う。

 

どんな時に、二つの言葉は使われるのか?

 

押し入る

 

これは

・強盗が家に押し入ってきた。

 

が一番つかわれる。

 

強引に入ってきた場合だ。

 

では

 

押し掛ける

 

・友人が連絡もなく押し掛けてきた。

 

がフィットする感じだ。

 

こちらも強引に入ってきたとも言える。

 

ならば、2つの違いは何だろう。

 

文脈を入れ替えてみるとことははっきりする。

 

「友人が家に押し入ってきた。」

 

はどうだろう。

 

 

おー強引さが増しているし、征服感がある。

力ずくで、精神的にも許可を求めてない感じ。

 

 

逆もやってみる。

 

「強盗が連絡もなく押し掛けてきた。」

 

人数が増えた感じはあるが、許す気満々である。

 

 

整理すると、

 

「押し入る」は精神的にも物理的にも受け身の人に対して暴力的である。

「押し掛ける」は精神的にはちょっとダメージがあるが、こころに隙間が生まれている。少し許している。そして複数感が足されている。

 

どうか、弊社の「ビールスタンドかどや」に押し掛けてもらいたい。ビールスタンドかどやは湯河原温泉にある。

湯河原は雪が降った。

関東全域がそうだった。

白い雪は幻想的で私は大好きだ。明日何もなければ(笑)








温泉場は椿ラインは車の往来が多く大丈夫かな。

脇道は結構危ない。


さあ明日は下関だ。新幹線は通常通り走ってくれるかな、とか思って見上げてみると

星が輝いていた。オリオン座だ。



驚いたのはiPhone13proのキャメラ機能だ。

シャッタースピードか何かが自動で露出を決めてくれる。

星も綺麗に撮れている。


進化はすごいなぁ。

と驚いた夜でした。

のmy Pick


TwitterでDa-iceのツインボーカルの1人である想太君が私を取り上げてくれた。以下がそのツイートである。



なんて素敵なツイートであろう!(笑)

FacebookのLIVEで私も語ったさ(笑)


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Facebookでおおかた話してしまったので、

ブログではエピソードを1つ。


avexの本社が新しくなる前。

つまり旧館の頃、


avexの8階はアーティスにとって聖地であった。


売れていったアーティスト全員がそのフロアーに立ち、リハーサルや稽古をした。


そう、あの人もあの人も、である。


そして養成期間中、合宿のメインスタジオにもなっていた。


ある日、合宿(およそ1年に2回10日間)の中盤だったと思う。


新人開発部のOさんが

「明日デビューするけどって言われて今、デビュー出来るやついる? 俺がデビューさせなければと思えるやつがいる? 誰か納得させてくれ。手を上げてここで見せてくれる?」


さすがavexの育成メンバーである。数名が手を上げて、歌やダンスを披露した。私の担当の演技は1人手を上げ演技を披露した。


ダメ。全然ダメ。デビューのラインに達してない。

相原さんどう?


と担当者。


私「まあまあだけど感動はしないな」


とその時、想太君が歌い出した。


なんの曲かは忘れたが、誰が何をやってもダメと言われる雰囲気の中で彼は歌い上げた。


担当者と私は一致して


「お前は良い。よくこの中で歌った」

「上手いとか下手とかいうことより意地が見えた」

と言ったことを思い出した。


本当におめでとう。レコード大賞。


颯君のエピソードはまたいつか。


のmy Pick