2007年(日本語訳は2014年)に『Come Be My Light』という一冊の本が出版された 著者は聖女マザーテレサである この本は彼女が現役から晩年にかけて 懺悔聴聞司祭たちに送った 自分の心を吐露した40通以上の手紙をもとにした本である


 それはマザーテレサのイメージを覆すほどの まさに世界を震撼させる内容であった マザーテレサはインドのカルカッタへ ひとり下りていった頃から晩年まで 心に「深い闇」を抱えていたという これには誰もが驚いたはずだ 少なくとも私は驚いた いや驚いたというより 結局 宗教の抱える矛盾が如実に表われているなと思った そしていかに人間が 明るい側面ばかり見て都合よく人間を判断しているなとも思った


 かの有名なマザーテレサが語った ダージリンでの車内における「神からの啓示」は 多くの方が知っているところだと思う そのときにイエスがマザーに語った言葉が「Come Be My Light」なのだった これは 闇の中にいるマザーが 主(イエス)に向かって 「主よ、私のところに来て 私の光となってください(私を助けてください)」 と訴えているかのように思われるが 実は逆 この言葉 イエスがマザーを召命した際に イエスがマザーに語った言葉なのでだそうだ したがって本来の意味は「汝(なんじ)マザーよ 立ちて(来たりて) 私の光となれ!」という意味


 この言葉は 東洋的な考えの強い日本人には分かりにくいので 私は勝手にこう解釈した カルカッタでも最も貧しい人々 病の人々 障害を持っている人々に 献身的な奉仕を続けたマザーテレサに イエスはこう言いたかったと推測する(啓示が事実ならば)


《最も貧しい人々 病める人々の中に私は生きている そこへ来て 私の光となれ》


 と これだと神の啓示というより激励のようになってしまうが、、、まあ あくまで私の勝手な解釈 この啓示を受けてテレサは使命に燃えたはずだ 少なくともカルカッタへ下りていくまでは、、、


 マザーテレサについては ほとんどの方がご存知だと思うので簡易なプロフィールしか書かない 詳しい彼女の活動内容が知りたい方は この記事は参考にならないと思う 今回の記事のテーマは 聖女マザーテレサと精神科医であり聖女でもある エリザベスキューブラーロス(共に敬虔なカトリック信者)の「内実」について考察していくことなので エリザベスキューブラーロスについては 次回触れることにする(たぶん二人分書いたら長くなる) でも二人は時代背景も国も人種も違えど「人間の看取り」を通して 似たような境地に至るのである そこがメインの記事だ



[マザーテレサのプロフィール] 1910年8月26日生まれ 1997年9月5日他界 貧民救済活動家「神の愛の宣教者会」創始者 「マザー」とは 指導的な修道女への敬称であり 「テレサ」は修道名である カトリック教会の福者 カルカッタで始まった マザーテレサの貧しい人々のための活動は 後進の修道女たちによって全世界に広められている 生前からその活動は高く評価され 1973年のテンプルトン賞 1979年 ノーベル平和賞 1980年のバーラ・ラトナ賞(インドで国民に与えられる最高の賞) 1983年にエリザベス2世から優秀修道会賞など多くの賞を受けた 1996年にはアメリカ名誉市民に選ばれている(アメリカ名誉市民はわずか7人しかいない) 2003年10月19日 当時の教皇ヨハネ・パウロ2世によって異例の早さで列福された



 このプロフィールだけ見ると マザーテレサの人物像を 以下のように捉えてしまう方は多いと思う 大まかに書くと こんな感じだろうか



《聖女マザーテレサは 献身的で犠牲的な奉仕活動によって世界中の人々から讃美と敬意を集め その人生は宗教の壁・人種の壁を越えた無償の純粋な利他愛の歩みそのものであり 物質文明に毒された地球上の人々に 人間としての尊厳と理想像を示すこととなった マザーは まさにキリスト教の神の愛の実践者だった》


 いわゆる「好印象」や「高尚」な側面しか世間は知らなかったのだ 少なくとも私は マザーテレサには 私のような普通の人間の悩みなどなく いつも迷うこともなく 心は宗教心で満たされていたと思っていた


 しかし内実では マザーテレサは晩年まで ずっと心に闇をもち 矛盾を感じながら葛藤し いつも孤独で 神を強く求めながら 満たされないことに失望し 「信仰も愛も自分にはない」 とまで手紙に書き記している あれほどまでに「神の存在を信じなさい」「神はあなたと共にいます」と流布していた彼女が 心の奥では神の存在を信じられなくなり 深い孤独感と失望感を密かに訴えていたのだ それは 彼女が活動を活発にしていた頃から晩年まで続いた


 以下は 一部の神父のみが知る マザーテレサの深い心の中の一面である



「私の心の中に恐ろしい闇があるために まるですべてが死んでしまったかのようです 私がこの仕事を始めるようになって間もない時から このような状態がずっと続いているのです」 1953年(マザー43歳)


「私のために祈ってください 私の心のすべてが氷のように冷たいのです 私を支えていた疑うことを知らない信仰は 実際には私にとって すべて闇を生み出すだけなのです」1955年(マザー45歳)


「私の魂の中には あまりにも多くの矛盾があります 神への深い思慕の情――神との触れ合いを渇望するその思いが 繰り返し私に苦しみを与えるのです 私は神から求められてはいません 神から拒絶され 虚しく 信仰もなく 愛もなく 熱意もありません 私の魂には何ひとつ魅力あるものがありません 天国は何の意味もありません それは私には空虚な場所のようにしか感じられません」1957年(マザー47歳)


「私がシスターや人々に神や神の仕事について口を聞くとき その人たちに光と喜びと勇気をもたらすことをよく理解しています しかし その私は 光も勇気も何も得ていないのです 内面はすべて闇で 神から完全に切り離されているという感覚です」 1985(マザー75歳)



 死が迫った時期においても 内面の葛藤に悩む日々を過ごしていたマザーテレサ 「信仰者の鑑」とされていたマザーテレサが 神に対する疑念を告白していたことは 聖職者やクリスチャン以外の多くの人々にも 衝撃的だったと思う また これらの公開を許可したカトリック教会関係者にも驚く 公開することがマザーを貶めたり 否定したり 教会の権威を傷つけるものではないと確信していたからできたことだろう


 神に導かれてきたマザーテレサだからこそ 求道者だからこそ抱える心の闇 大きな孤独感ではなかったかと思う この状態を【霊的乾燥】と呼ぶ方もいる 霊的乾燥とは マザーテレサなどの聖人が「信仰が深化する過程において通過する状態」のことらしい でもこれには私は疑問がある これとは違う考えが私にはある 単純に宗教の矛盾や世の中のあまりの不条理さに 彼女は心に影を落としていたのだと思う


 カースト制度が現存するインドのスラム街で 述べ10万人を看取った彼女が 死を通し見続けたことは およそ近代のキリスト教では理解不能な人間観ではなかっただろうか たとえ10万人を看取ったとしても 見捨てられた人々 愛されない人々は世界中から消えないという虚しさと事実に 至ってしまったのかもしれない


 初めてマザーテレサの心の闇を知ったとき 衝撃を受けたが 一方で「彼女も生身の 悩める人間だったのだ」 となぜかほっとして 親近感を覚えた マザーテレサの悩みを理解できるのは キング牧師かガンジー? いいえ 彼女の苦悩は誰もが理解できる普遍的な悩み苦しみであったと思うし 偉人と常人という区別は差別的だと思う 


 神の啓示とは何だろう なぜ神は マザーテレサに語りかけたのだろうか? この言葉は1959年にマザーテレサが ピカシー神父に打ち明けたものだ 彼女のたくさんの手紙の中で 私にとって最も印象に残っているかもしれない


「もし神が存在しないとするなら 魂は存在できません もし魂がないのなら 主よ(イエス様) あなたも真実ではありません」


 「神の愛の宣教者会」は彼女にとって いったい何だったのか それだけはマザーテレサのみぞ知る