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その昔、新幹線まだ東京から新大阪までだった頃。

大分を9時30分に出発した特急「みどり」は、19時47分にようやく終着駅の新大阪に着く。長旅を終えた座席は寝台に早変わりし、23時30分に特急「月光」として博多へと旅立った。

新幹線と同じ色に塗り分けた真新しい電車に、特急列車のシンボルだったボンネットはない。貫通扉をカバーで隠した先頭部分は、まるで仮面を被っているかのようだ。

 

昼は座席、夜は寝台になる電車を造れば、それぞれ専用車両を使う場合の半数で運行できる。国鉄が世界初の寝台電車581・583系開発したのは、ユッコこと岡田有希子さんが誕生した年と同じ1967年。

青森から鹿児島まで、昼夜問わず駆け巡った寝台電車。それは疾風(はやて)のように去って行く、鉄路の〝月光仮面〟だった。

 

新幹線が博多に達した1975年、581・583系は九州連絡特急としての役目を失った。1982年の東北新幹線開業で東北・北海道連絡特急としての役割も消え、400両以上も造られた寝台電車の多くが失業した。


その頃、各地で普通列車の古い客車に引退が迫っていた。これらを電車に置き換えようとした国鉄は、財政難から車両の新製を断念。寝台電車は稼働15年ほどで、その大半が普通電車に転身していった。

 

最小限の改造を施された、581・583系改め九州・東北地方向けの715系、北陸地方向けの419系電車。

車内で長時間を過ごす寝台車の特徴だった、各車両に2カ所のトイレや3つ並んだ洗面台。それらはカバーを被せられ、車内に残されたままだった。

短編成化で不足した先頭車両を補うべく、中間車へ扁平な運転台を後付けした。もと寝台車の深い屋根も相まって、山型食パンの断面みたいな面構えは〝しょくぱんまん〟のようだった。

 

彼らは特急時代よりずっと長い期間を「(元特急用だけに)乗り心地のいい電車」として、乗客に愛されて過ごした。最後まで残った北陸での活躍は、2011年までの長きにわたったという。


この元・寝台電車たち。まるで〝アイドルとして世に出たあと路線変更が成功し、息の長い活躍を続けるタレントさん〟のように感じたのは、わたしだけだろうか?

ああ、もしユッコさんが月光仮面だったなら。しょくぱんまんになっても、きっと輝いていたのに。

 

 

寝台電車581・583系と715系・419系

 

text by yukikostarlight