深い眠りの世界に君は一人

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お布団の中。暖かさに包まれ深い眠りに落ちていた私の元に届いたか細い声。


「なぁなぁまいやん…」


そんな小さくて細い声でも、私の耳にはしっかりと入り脳を覚醒させた。


「どうしたの?眠れない?」


うっすらと目を開けると、まだ薄暗い部屋、そして正座をして私の肩に手を添える七瀬の姿がぼんやりと見えた。


「うん…」


ぎゅっと私のパジャマを掴んだ手の力がほんの少し強くなる。

そっか、寝れないか。


七瀬は不眠症。

元からそういう体質だったというよりは、ストレスからくるものらしい。

仕事が忙しすぎるのが原因かもしれない。

私と七瀬が付き合い始めたのは3ヶ月前ぐらいから。

そして、七瀬が不眠症になったのは5ヶ月前くらいから。

七瀬が不眠症だと知ったのは、2ヶ月前ぐらい。

それまでずっと、七瀬は一人で病院に行くこともなく頑張ってたらしい。

寝れないって本当に辛いことだろうから、私は時間がある時は出来るだけ七瀬の家、もしくは私の家にお泊まりに来てもらって一緒に寝てる。

そのほうが一人よりも安心して、寝れるようになるかなって。

だけど、寝付くのが遅かったり、夜中に起きてしまったり、朝早く起きてしまうのに変わりはないんだけど…。


今日の夜、一緒にベットに入って抱きしめながら添い寝してあげたらいつもよりも早く寝付いてくれたから、今日は大丈夫かな〜?なんて思っていたんだけど、起きちゃったか。


「大丈夫だよ。じゃあ温かい飲み物でも飲んで眠くなるのを待とうか」


七瀬の頬に伝う涙を指で拭ってあげ、ベットから降りて小さな照明をつける。

きっと一人で心細かったんだろうな…。


七瀬はいつも、せっかく寝てるのに起こすのは悪いからと私のことを起こしてくれないんだから。

そんなこと気にしなくていいのに。

七瀬のためだったら、どんなに疲れていたって起きるし、寝れるまで付き合う。

“ごめんね”なんて言葉は、いらないんだよ。


ベット横の小さな照明が照らす寝室。

さっきまで寝てたんだから当たり前だけど、ちょっと眩しくて目を細める。


細くなった視界の中、七瀬はベットの上でしくしくと涙を流しては細い指で拭っていた。

そんな七瀬の姿はまるで、大きな影に怯える小さな子猫のよう。


「七瀬、大丈夫だよ」


思わず私は震える七瀬の細い背中を抱きしめた。

すぐに伝わってくる七瀬の暖かい熱に私はよりいっそう強く抱きしめる。


私の腕の中でピクリと一瞬肩を震わせた七瀬は、すぐに安心してくれたのか私のほうに体重を預けてくれた。

そのなんとも言えない甘え方に、思わず頬が緩む。

いつの間にか、七瀬の頬に伝っていた涙も乾いていた。


七瀬が起きた時は、こうやってまずは七瀬を安心させ、リラックスさせて眠くなるまで待つのがいつものこと。

昨日も、一昨日も夜中にベット横の小さな照明に照らされ、七瀬となにをする訳でもなくゴロゴロしてた。

七瀬に起こされるのは全然苦じゃない。

むしろ、私を頼ってくれることが嬉しかった。

もっと頼ってくれてもいいのに。
もっと甘えてくれてもいいのに。
七瀬の抱えているストレスを私にぶつけてくれてもいいのに。

でも、そんなことを言っても七瀬を困らせるだけだから、私はいつでも七瀬を受け止めるよって行動で示す。

いつか七瀬から来てくれるのを、私は静かに待つって決めてるから。


「なに飲みたい?紅茶はカフェイン入ってるから眠くなくなっちゃうから…ココア?ホットミルク?」


私が小さかった頃、眠れない時にはお母さんが温かい飲み物作ってくれたからね。

やっぱり温かいもの飲んで、リラックスするのが一番だと思うんだ。


「えっと…じゃあココア…」


「わかった」


ココアを二人分作るために離れると、名残惜しそうな目で私を見つめる七瀬にノックアウトしながら向かったキッチン。

七瀬の眠気を誘うために電気は付けずに、寝室から漏れる淡い光を頼りに棚を開け、七瀬のために買ったココアを出し、お湯を沸かして作る。

寝室からひょっこりと顔を出す七瀬。

その目はぱっちりと開いていて、まだかなまだかなと輝かせて私を待っている。


この調子じゃ、今日は長くなりそうだな。


少し足りとも下がっていない七瀬の瞼を見てそう悟った私。

でも、私の睡眠時間が減ることにはまったく腹が立たない。

むしろ七瀬との時間が増えることに喜びを覚えていた。


街が眠りについている深夜。

私たちの夜はまだまだこれかららしい。










「ねぇ七瀬?お仕事楽しい?」


ベットの上、私と七瀬は肩くっつけココアを飲みながら七瀬に聞いてみる。

七瀬のストレスはお仕事なのかな〜なんて思ったから。

まぁ、ストレスの原因がわかったところでどうしようもないのかもしれないけど。


「うん、大変やけどな」


「そっか、それなら良かった」


ストレスの原因はお仕事じゃなさそう?

いや、ストレスって無意識に感じるものだから自分でも理解してないって場合も…。

お仕事がありすぎて、不規則な生活にストレスがかかっていたのかもしれない…。


「まいやん?」


グルグルと答えはたぶん出ないであろう問題を解こうとしていた私の頭をフリーズさせたのは七瀬。

どうやらココアを持ったままぼーっとしてこぼしそうになっていたらしい。


「ごめん、何でもないよ」


七瀬に心配かけてどうすんの。


自分のことを棚に上げて心配そうな目で私を見つめる七瀬の頭を、大丈夫だよってそっと二回撫でる。

途端にその小さな頭は心地良さそうにゆらゆらと揺れ、ふにゃっと崩れる可愛い顔。

私も思わず連られて微笑んだ。


可愛いな〜、七瀬は。


この子は私に何度そう思わせたら気が済むのだろう。

きっと無意識なんだから、これからずっと私を惚れさせていくのかもしれない。


七瀬が目覚めてしまった夜は特別だ。

いつも恥ずかしがり屋で、滅多に甘えてこないし甘えさせても顔を赤めるだけ七瀬が、夜はニコッと微笑んでくれる。

その華奢な背中に抱きついても、すぐに離れないでずっと私の腕の中にいてくれる。

例えキスをしたって、受け入れてくれる。


そんな珍しい七瀬を見られる特別な時間。

七瀬には申し訳ないけど、この時間が終わって欲しくないとも思ってしまう。

それだけ私にとっては幸せな時間で…


「ふふ、ま〜いやん」


七瀬にとっても幸せな時間。


小さな照明の、淡く優しい光に包まれた私と七瀬を繋ぐお互いの温もり。

静かで、ゆっくりと時が流れ、ココアの匂いにほっと深い息が漏れる。


触れた七瀬の肩、そして完全にリラックスしきって私に預けてくれる頭。

その小さな頭を、私はそっと優しく撫でた。


この時間が終わって欲しくない。

ちゃんと寝て体力を回復して欲しい。


そんな二つの感情の狭間で、私を繋ぎ止めるのは七瀬の存在。

私は、どうにか後者を選択して七瀬の頭を撫でていた。


「まいやん?」


「ん?」


私の鼓膜を揺らす七瀬の優しく柔らかな言葉。

あんな…と今日あったことを楽しそうに語る七瀬に、私はうんうんと何度も頷く。

七瀬がそばにいてくれるだけで、七瀬が笑ってくれるだけで、七瀬が私に触れてくれるだけで、私はすっごく嬉しくて、幸せ。

たぶんこの気持ちが愛してるってこと。

私は七瀬のことが好きなんだって、七瀬と話すたびに、七瀬に触れるたびに思う。


「七瀬、好きだよ」


改めて言うと、七瀬は顔をほんのりと赤色に染める。

そんな姿も可愛くて、愛おしくて…。


時間は止まらない。

夜も、いずれ明ける。

この幸せな時間にも終わりはある。


ココアを飲み終え、眠気が襲ってきたのか瞼が下がってきた七瀬を見て、私は名残惜しくもベッドに七瀬を誘う。

抵抗もせず、特に不安そうな素振りも見せずに掛け布団をかぶってくれた七瀬に一安心。


布団の中、大丈夫、きっと寝れるよと安心させるように抱きしめた七瀬の体はいつもよりも熱い。

これはたぶんすぐに眠ってくれるな。と察した私は、すぐそばにある七瀬の頬にそっと…


キスを落とした。


朝までぐっすり眠れるといいね。


「おやすみ」


そんな言葉は、気持ちよさそうに私の腕の中で目を閉じる七瀬には聞こえてなかったかもしれない…。