飛行機が飛び始めて、すぐに機内食のアナウンスが聞こえてきた。

そうだ。考えてみたら飛び始めたらすぐお昼の時間。

そりゃもう出るわ。機内食。

もちろん、わたしはスープでお腹がいっぱいだ。

どうやら隣の老夫婦は、旅慣れしている様子で、旦那様のほうはカズオ・イシグロなどを読み、なんだか余裕の体だ。

訳の分からないアウェイ感に襲われる。

ダメだ。わたしも慣れている雰囲気を醸し出さないと。

今、悪目立ちしているようでは、現地に行った時にひったくりの格好の餌食になる。

というわけで、機内食を老夫婦の見よう見まねで受け取る。

それからランディング・カードもさも書いたことがあるかのような顔で受け取る。

これは入国審査の時に必要なものだ。

 

機内食は有名シェフ監修のなにかだったみたいだが、

もはやお腹がスープのわたしはあまり味わうことが出来なかった。

それより…やばい。

 

トイレに行きたい。

 

考えてみたら、お抹茶を飲んでスープを飲んでコーヒーを飲んだのだ。

当然の結果だ。

しかしわたしの隣では老夫婦が…いい感じにゆったりしている!

旦那様はカズオ・イシグロを読み、奥様は映画を観ようとしている。

わたしがトイレに立つとなったら、このゆったり感を台無しにしてしまう。

しかも乗る時のあの汗だく事件があってからまだ一時間半しかたっていないのに。

 

でもトイレに行きたい。

 

わたしは機内食の膳が下げられるタイミングに合わせて、席を立とうとした。

予想通り、迷惑をかける作業。

もう二度とトイレには立ちたくない。

それからわたしは飲み物を飲まない作戦を遂行することに決めた。

そうだ、母がくれた首枕がある。あれをやろう。

そう思い、鞄から出した途端、椅子と壁の間になにかが落ちた。

 

…首枕を膨らます口のところだ。

 

わたしは老夫婦に嫌がられない最小限の動きでそれを拾おうとした。

が、無理だった。もはや口は後ろの座席の方に行ってしまった。

ダメだ。諦めよう。

 

それから映画を観たり(ダンケルクとラ・ラ・ランド)、アガサ・クリスティの紹介番組を観たりしつつ、ようやくちょっとだけ機内に慣れてきた。

 

外を見ると、腕時計ではもう夜のはずなのに、明るい。

改めて時差というものの不思議さを考えた。

まさに時間旅行だな。これは。

翼ちゃんたちも凍えそうな感じで頑張っている。

 

時間はどんどん過ぎ、二度目のトイレを、すみません、すみません、言いながら済ませに行き、二度目の機内食を食べ、窓の外に見える雄大な氷の世界を抜けた。

 

そして、ヒースロー空港に到着。

ようやく到着。

いや到着しただけでまだなにも始まっていないのだが。

 

一歩、降り立った瞬間に感じた。

あー。ここは日本じゃないな、と。

いやいや当たり前のことなのだが、わたしには当たり前じゃない。

日本じゃないな、と感じたのが初めてだからだ。

ところが驚いたことに…雪。

ロンドンは5年ぶりの本格的な雪だそうで。

晴れ女もしくは雪女のわたしは、ここでもか、とため息をついた。

 

さて、あんなにびくびくしていた入国審査もすっと通り、荷物も無事に受け取った。

近衛兵のイラストが出迎えてくれた。

そしてとうとうロンドンタクシーに。

 

乗せてくれたお兄さんはとてもいい人だ。

わたしは流れていく景色がホントに不思議で、建物が違うのが、街並みが違うのが本当に不思議で、とにかく窓に張り付くようにして外を見た。

お兄さんとは英語でなんとかかんとか話せた。

観光者慣れしているのか、ゆっくり話してくれた。

時々、通る場所の説明をしてくれた。

 

国が違うということは、素晴らしいことだ。

コミュニケーションの原点だ。

 

改めてそう感じた。

 

ロンドンにたどり着き、30日間宿泊するゲストハウスにたどり着いた。

長い長い出発編がようやく終わろうとしている。

っていうか研修のこと書き留めたかったはずなのに。おかしいな。

次回からは研修編です。