急いで二階に駆け上がると、そこは明らかに国内線ロビー。

イギリスに旅立てそうな雰囲気は、一切ない。

近くの職員の女性に話しかけると、他のお仕事中で険しいお顔。

「少々お待ちください」とのこと。

ああ。時間は刻一刻と迫っている。

しばらくして職員さんがお仕事の連絡を終え、わたしの方を向いてくれた。

 

「あの、国際線に乗り継ぎをしなければならないのに、どうやら間違って外に出ちゃったみたいなんです」

 

すると険しい顔の職員のおねえさんがたちまち笑顔になった。

 

「大丈夫ですよ。それで合ってます。一階に降りて外に出てください。それから8番乗り場から国際線ターミナル行きのバスに乗ってください」

 

合ってたやーーーーーんっ!

 

やはり搭乗口は搭乗ロビーだったのだ。

ああ。おねえさんが菩薩に見える。

おねえさんに祈るように感謝すると、わたしは再び駆け足で一階まで降り、8番乗り場からバスに乗り、見事、国際線ターミナル行きにたどり着いた。

 

…いや、まだそれだけだ。

全然イギリスに着いてない。

それなのに、見事たどり着いたぜ、と勝ち誇ったのが裏目に出た。

 

国際線ターミナルに降り立ったところで時間を見ると、まだ余裕があることに気づいた。

ここはひとつ、最後に日本らしいものを味わっておこう。

そう考えて、ザ・日本、という雰囲気の茶寮に入った。

ひとつ言っておく。

この時点でわたしは汗だくだ。

なんせ広い空港内を走って行ったり来たりしたのだ。

にもかかわらず、わたしはあったかいお抹茶を飲んだ。

もちろん汗が引くわけがない。

でもわたしには「余裕」が生まれていた。

 

そのあと出国手続きをするっと済ませると、お手洗いに行きボサボサになった髪を直すほどの余裕を見せていた。

まだ汗は引いていない。

でもまあ、ここからは焦ることもないし、汗は引く一方だろう。

そう思っていた時、はたと思い当たった。

 

待てよ。

今から12時間半も飛行機に乗るのに、なにか食べておかなくていいのか。

 

機内食とかいうヤツが出るのはなんとなく分かっていた。

だがそれがいつ出るのか分からない。

もし乗ってから5時間後とか言われたら、それまで耐えられる自信がない。

ふと時間を見ると、機内への案内を開始する5分前。

やばい。なにか食べなければ。

そう思いあちこち見て回るが、なんだか作るのに時間のかかりそうな食べ物しかない。

そこで、見つけたのだ。

 

スープストック…なんちゃら。

 

巷でよく見かけるおしゃれな某スープ販売店である。

 

スープストックなんちゃら。

 

そうだスープだ。スープなら早い!

わたしはまたダッシュでそこまで行くと、クラムチャウダーとごはんのセットを注文した。

おまけにホットコーヒーも。

 

考えが浅い。

全部、熱い。

 

だが5時間の空腹を考えれば熱さなんてと思い(というか、何故この時、機内食は何時に出ますかと聞けなかったのだろうか、つくづく浅い)、わたしは凄い勢いでクラムチャウダーを飲み、ホットコーヒーを飲んだ。

さながら罰ゲームだ。

 

結果どうなったか。

すこぶる、汗だくだ。

まるで真夏のようだ。

 

だが、なんとか食べ終えて機内へ。

わたしの席は52Aだ。

ハンカチで汗を拭きながら席に座る。

よし、もう汗は引く一方だろう。

そう思っていたら、若い女性に声をかけられた。

 

「あの、52Aの席の方ですよね」

「あ、はい」

「実はわたし、52Bなんですけど、友だちが51Aしか取れなくて…よかったら換わって貰えませんか?」

 

51Aの「友だち」と目が合い、彼女がぺこりと頭を下げる。

普段のわたしならこの流れに動揺はしない。

だが、今は違うのだ。汗だくなのだ。

しかもプレミアムエコノミーと言えども席はとても狭い。

前を見ると、もはや51B、Cの老夫婦はゆったりと座っている。

席を換わるには、物凄く無理やりねじこむように入るか、いったん席を立ってもらうしかない。

だが席に座ろうと通路を移動するひとの流れはとどまることを知らない(ミスチル的に言うと)。

 

どうしよう。

一瞬考えたが、わたしは満面の笑顔(満面の汗だく)でこう言った。

 

「いいですよ」

 

そうして、老夫婦にすみません、すみません、と頭を下げながら席を換わった。

汗がまた半端なく噴き出した。

これから12時間半。この老夫婦はずっと隣にいるのだ。

関係を悪くするわけには行かない。

もっと言えば、この若い女性たちに席を換わらなくて12時間半恨まれ続けるのも嫌だ。

わたしはすみません、すみません、と言いながら汗を拭いた。

手間をかけたことを謝っているのか、止まらない汗について謝っているのか、もはや分からない。

ようやく外を見た。

 

小さな翼ちゃんたちはこの飛行機でも健在だ。

11時半過ぎ。

翼ちゃんたちがパタパタと仕事をし、ようやく飛行機が日本の地を離れた。

 

さようなら。日本。

イギリスまであと12時間半。

いつになったら研修の話になるのか。