看護教育の現場で時々聞くことのある
「この学生は看護師に向いているのか?」という言葉。
学生が学内や実習の際に見せる態度や行動が
将来看護師として活躍するかどうかを
決める基準だと考えがちですが
それだけで「向いている」「向いていない」と判断するのは
正しいのでしょうか。
A学生とB学生の違い
例えば、A学生とB学生の事例を見てみましょう。
A学生:実習で輝く姿
A学生は学内では少し抜けがあり
知識の面ではまだまだ成長が必要な部分があります。
しかし、実習になるとまるで水を得た魚のように輝き、
患者さんに向き合って一生懸命にケアを届けようとする姿が
見受けられます。
その積極的な姿勢や熱意に周囲の教員も驚き、褒めることが多いのです。
A学生は、学内では冴えないかもしれませんが、実習での姿勢が評価され、看護師としての可能性を感じさせます。
B学生:努力の過程が見えづらい
一方、B学生は成績優秀でクラス委員にも立候補するような
学内では積極的に活動しているタイプ。
しかし、実習の場では主体的に行動できず
指導を受けても同じような失敗を繰り返し
積極性も失われてしまっている様子です。
このようなB学生を担当する指導者からは
「この子が看護師になるんですか?」
「学校はこんな子でも国家試験を受けさせるんですか?」
という言葉が聞かれ、
時に看護師には向いていないという評価を
受けることがあります。
そう思うようになった背景には、指導者が
たくさんの時間をその学生に費やしてきたのだということが
推察できます。
途中からしんどくなって
あきれる感情を抑えてきたことでしょう。
看護師に向いている、向いていないは誰が決める?
多くの指導者や教育者は、B学生のような傾向がある場合、
「やはり向いていないのでは?」と感じるかもしれません。
しかし、指導がしんどくなっても、重要なのは、
学生がどのように課題と向き合い、
成長していくかという過程に目を向けることで
それには多くの時間がかかるのとだと知ることです。
元々、
教育の場は学生の可能性を高める場であって
向き不向きをジャッジする場ではないのです。
B学生は、もしかしたら自分に自信が持てなかったり
実習で自分の限界を感じているかもしれません。
それでも、学校や実習に来るのであれば、
「頑張りたい」「もっと成長したい」「認められたい」
という意志がある証拠。
そのB学生に対して指導をしている自分を
少し離れたところから眺めたつもりになってみてください。
この子は看護師に向いていないと本当に結論づけられる
指導だったでしょうか。
「だって、指導しても変わらないし」
「毎日同じことを言ってきたんですよ」との声が
聞こえてきそうですが
自分ひとりの指導で学生が大きく変わると思っているのなら
そもそも、それが間違いなのです。
ヒューマンケアの視点から
実はA学生にも難点はあります。
知識の低さから、
自分がやっていることの意味がわからないという危うさを抱えて患者さんの前にたつことです。
看護師デビューをした後に知識の低さが様々な場面で露呈されてしまうことでしょう。
ですが、
A学生もB学生も、それぞれに成長の過程があり
どちらも将来の看護師として活躍できる可能性を秘めています。
指導者側の基準でジャッジするのでは教育は成り立ちません。
うまくいかない学生を前にしたときには
ヒューマンケア的教育の視点で関わっていくことはできないでしょうか。
ヒューマンケア的教育の成果を出すには
指導者ひとり、または数人ではどうにもならない時があります。
時には家族も巻き込んで、その学生を知っているみんなで
成長過程を捉える必要があるのです。
まとめ
看護師に向いているか向いていないかの基準は
実は誰にも正確にはわかりません。
看護師として活躍するためには
知識や技術はもちろん大切ですが
それ以上に重要なのは、患者さんと向き合い続ける意志や
困難を乗り越えようとする気持ちです。
学生がどんなにできなくても
指導者や学校がその成長を信じて支え続けることが
最終的には看護師としての能力を高めることにつながります。
ですので、
思うように変化しない学生を担当するのは困難を伴いますが
「看護師に向いている、向いていない」を決める権利は
誰にもないということを認識し、
指導の幅を広げる機会としてヒューマンケア的教育を展開していきましょう。お互いに!