「彼岸花」が植えられた歴史/飢饉に対する日本人の備え | 和文化案内『ゆかしき堂』のブログ

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秋の彼岸の時季になると、彼岸花の美しい姿を田畑や土手などで見かけることができます。

風物詩のようなものですね。

このように身近な彼岸花ですが、この花は野生で育つものではないのです。

日本人が持ち込んできて、株分けをして増やしていった植物なのです。

それは何故なのでしょう。

今日は、彼岸花の歴史と関係の深い飢饉についてご案内しましょう。


日本は恵まれた国とはいえども、やはり天然・自然の災害、旱魃や冷害による飢饉から逃れることはできません。

このような自然災害に対して、日本人はどのような備えをしていたのでしょうか。


飢饉といえば、食料問題です。

私たちのご先祖様たちは、飢饉に備えて、食品の保存のことを考えてきました。

現代でしたら、缶詰や乾燥食品などが頭に浮かぶと思われますが、そんなものが無い時代においては、まず塩蔵食品がメジャーなものでした。

塩は、細胞の中の水分を吸収するからです。

たとえば、生魚に塩をかけて水分を取り、蛋白と繊維質だけを残して保存をするという干物がそうですね。

他にも燻製という手段を使ったりもしています。


しかし、日本人はそれだけの備えでは満足しませんでした。

用心に用心を重ねて、建築用材の中にも食品を塗りこんでいます。

土壁を作る時に入れる藁なのですが、これも藁の根元のほうを三センチぐらいの長さに切って、泥と混ぜて壁に塗り込めています。

飢饉になり、塩蔵食品や燻製食品や漬物も底をついてくると、壁を崩して藁を水洗いして、その藁をつぶしてもう一度、汁のように煎じて飲むのです。

実は、藁には澱粉質が含まれているのですね。

米そのものの保存では、籾の状態にしておいてもせいぜい十年、米だと三、四年で栄養価は半減します。

藁の根元近くには、米の7~8パーセントぐらいの澱粉質があって、これは百年、二百年の保存に耐えるのです。


さらに、里芋の茎を編んで天井に張った、芋ガラも食べます。

普段は天井材として、通気性もあり、保温力も強いものですが、長く天井材として使われることで煙も通って燻製状になります。

飢饉のときには、このような芋ガラも味噌汁に入れて食べました。


また、松の木の甘皮。

これには樹脂が多くあるので、甘皮を粉にして一度煮沸して、上に浮かんだものを摂取すると、これまた澱粉が取れるのです。

本体の甘皮は、「松皮だんご」といって、臼でついて、だんごにして食べました。

もちろん、昆虫の幼虫も蛋白源として食します。


さて、ここで出てくるのが「彼岸花」です。

すべてを食べつくしたあとに、最後に備えてあるのが彼岸花なのですね。

墓地や田舎の川岸に咲く彼岸花は、毒だと教えられていますし、実際に毒を持っています。

彼岸花は渡来植物で、雄株は日本の酸性土壌に適応しなかったため、雌株だけが残りました。

球根ですから、自分の領分を広げることはそんなにできません。

10年かかって、ようやく一メートルぐらいの範囲に広がる程度です。

ですから、彼岸花は、墓地や川の土手に勝手に生えているのではなくて、遠く祖先の誰かが飢饉の時を考えて植えたものなのです。

道路や村落、墓地など人間活動の周辺以外の純自然原野で彼岸花を見ないのは、このような背景があったのですね。

「毒だから触ってはいけない」と言い伝えて、不慮の災害の日まで、すくすく自然増殖できるような配慮を施しています。


食用にするのは、その球根です。

これにはアルカロイド系の毒があります。

しかし、水溶性のため、水にさらすと溶解して無毒になるのです。

球根には多量の澱粉質が含まれています。

けれど、もともとが毒を含んでいる危険な食品なので、安易に食べることは戒めています。


彼岸花は、飢饉の最後の食べ物です。

これを食べつくすと、あとに残る食べ物は・・・・・・あまり想像したくはないのですが、人間の肉しかありません。

秋の彼岸に咲くという意味の花ですが、最後の最後の食品という意味でも、彼岸花というのかもしれませんね。


このように、私たちの祖先は、来るべき飢饉に備えて様々な手をうっています。

深謀遠慮も極まった感じですね。

自然との困難な戦いに勝ち抜いて、調和しながら、うまくやりくりしてきたのが日本人です。


こうして知ると、彼岸花を見る目も、また違って見えるのではないでしょうか。

もちろん、彼岸花を飢饉の際の食物(救荒性食物)として植えられたという考えは、学説のひとつですから、植えられた理由はそれだけではないことも御承知くださいませ。



 



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