vivienne sato

勝沼恭子ファーストアルバム視聴イベントと映画『人間失格』(蜷川実花監督)の公開イベント VIVIシートのご案内です。

パリを拠点に独自のスタイルで音楽の領域を横断しつづける三宅純さんの主要ヴォーカリストのひとりとして、またナレーターやモデルとして、独自の個性を解き放ち続ける勝沼恭子さん。2005年から温め続けていた待望のファーストアルバム『COLOMENA』が、発売されます。その視聴イベントが行われます。
また、近々公開されす蜷川実花監督映画『人間失格』のサウンドトラックを手がけた三宅純さんと蜷川実花さんのトークのイベントもございます。

 

★9/16mon 勝沼恭子ファーストアルバム『COLOMENA』(9/18
リリース)先行視聴会
●viviシート 3,000→2,500 (限定10枚 桟敷席か超良席)18:00/19:00。
@晴れたら空に豆まいて

出演 勝沼恭子、三宅純、寺門孝之
http://haremame.com/schedule/67216/

 

 

★9/19thu 『人間失格』公開記念スペシャル・ナイト listening&Talk Session
三宅純with蜷川実花
●viviシート 3,000→2,500(限定10枚 超良席)
出演 蜷川実花、三宅純、池田史嗣(松竹プロデューサー)、高石直美(音楽プロデューサー)
http://haremame.com/schedule/67262/
http://ningenshikkaku-movie.com/

info⭐︎viviennesato.com  (⭐︎→@)まで、氏名、人数、当日連絡できます携帯番号を明記の上お申し込みください。枚数が少ないため無くなり次第終了です。当日入口精算となります。

 

 

★10/24thu 勝沼恭子ファースト・アルバム [COLOMENA] 発売記念 ライブ(こちらは特にviviシートのご用意はありません!悪しからず!!!)
http://www.kyokokatsunuma.com/news
@渋谷 WWW
Open 18:30/ Start 19:30
Adv. ¥5,600/ ¥6,100 共に+1drink代別 一部座席あり
8/5チケット発売(e+ / ローソンチケット / チケットぴあ / WWW店頭)
出演)勝沼恭子 (voc) / 三宅純 (Rhodes, piano, flugelhorn)
/ 青葉市子 (guitar, choir) / 渡辺等 (basses)
/ 伊丹雅博 (guitars) / ヤヒロトモヒロ (percussion) / zAk (sound)
詳細:https://www-shibuya.jp/

 

 

⭐︎REAL TOKYO 三宅純 Lost Memory Theatre〈The Concert〉
KAAT神奈川芸術劇場 2018.11.23 評
https://www.realtokyo.co.jp/…/jun-miyake-lost-memory-theat…/

 

響き合うアジア2019 サイレント映画+立体音響コンサート
『サタンジャワ』。

通常、映像とパフォーマンスの同居や次元の問題というのは、根が深く、なかなか難しい問題です。
その障壁は必ず存在します。観客と同じ時空間で展開される舞台芸術と完全に閉じられた映像芸術とは根本的に世界に対しての在り方が異なるからです。
しかし、ガリン・ヌグロホの映像はそもそも閉じられ何度も反復可能な作品ではなく、そもそも上映するたびに異なる呼吸し成長しつづけるような、動物園の檻の中に入っている動物か何か見世物のような、もしかしたらその何者かに常日頃から餌を与え続けているようにも見えてしまう映像作品でした。
その映像作品の形をしたあたかも生きているような「偶像」に対して、今現在を生きる演者たちは犠牲を捧げ奉納するようなパフォーマンスでした。演者たちはアートと呼ばれる我々が失われた本能を束の間に回復する行為ではなく、そして今回のこの映像作品の固有の物語世界についてパフォーマンスや呼応的な態度だけではなく、同時に映像という媒体そのものに対する一度きりの生を全うする生き物としての回答や振る舞いのようにも見えるものでした。
この演目に対する振る舞いであると同時に、形式や媒体に対する自らの回答でもあったのです。
それは何か台本や筋書きがあり、それを舞台上で何度も反復され、多くの人に見てもうという類のものでは決してなく、まさに儀式的な大変閉じられた神聖でかつ穢れた出来事としか言いようのないもの。
国や言語などもはや問題ではなく、そこから派生する、いわば「何者か」をそこに蘇らせてしまったものに対して、演者の個々の固有の肉体やその人の経験や体験を優に飛び越え、さらに深く深層の無意識の層から引き出されたものの陳列。

アルトーは1931年のパリ植民地博物会で当時オランダ領だったバリ島のケチャに出会います。それは「生きて動く象形文字」とも喩えられましたが、アルトー自体は舞台上演への繋がりに関しては挫折しました。そこにはバリ島の象徴的なシステムがあり、アートとしての表象ではあり得なかったからなのです。
そこでアルトーは現代の俳優は「叫ぶこと」「踊ること」ができないと言い、身体で何かを表象したりCODEではない、バレエや能などの舞台形式を超えたところで、肉体を始め時空間に空隙を穿つこと。豊かで完全な身体を回復し戻ることではなく、それぞれの身体をある種の試練に晒すことの重要性に到達しました。

「ル・プレゼンタシオン」。決まったテクストやプロンプターのルールに吹き込まれて踊らせられ喋らせられるのではなく、内欲からほとばしる叫びや踊りがそこで展開されるわけです。
「陥没する身体」から「器官なき身体」へと作り直そうとするその瞬間。
コムアイを中心とする器官なき身体は女性的な包み込む、癒しの身体で、対象を欲望し、生み出す身体と言えるかもしれない。。。。
そんな素晴らしい素晴らしい体験でした。

https://jfac.jp/culture/events/e-asia2019-setan-jawa/

https://www.youtube.com/watch?v=-Z2KciDAo_c

https://www.youtube.com/watch?v=btDBizpsCB8

https://www.youtube.com/watch?v=ddXUGSJTZwk

6/15sat、ポーランドの新鋭アダム・グジンスキ『メモリーズ・オブ・サマー』吉祥寺アップリンク15:25〜の回のアフタートーク出演決定!!!

 

トレーラー https://www.youtube.com/watch?v=48g7sMIi0hU
アップリンク吉祥寺 https://joji.uplink.co.jp/movie/2019/2102
公式サイト http://memories-of-summer-movie.jp/
(公式サイトにコメントも寄せました!  以下 コメント案も記載。)

この機会をお見逃しなく!!!

それは、ぼくが子どもでいられた最後の夏だった
甘酸っぱく、どこかなつかしい、新しい夏休み映画が誕生した
1970年代末―夏、ポーランドの小さな町で、12歳のピョトレックは新学期までの休みを母ヴィシャと過ごしている。父は外国へ出稼ぎ中。母と大の仲良しのピョトレックは、母とふたりきりの時間を存分に楽しんでいた。だがやがて母はピョトレックを家に残し毎晩出かけるようになり、ふたりの間に不穏な空気が漂い始める。一方ピョトレックは、都会からやってきた少女マイカに好意を抱くが、彼女は、町の不良青年に夢中になる。それぞれの関係に失望しながらも、自分ではどうすることもできないピョトレック。そんななか、大好きな父が帰ってくるが……。

子どもと大人の狭間で揺れる12歳の少年の目を通して描かれる、切なくも忘れられない一夏の記憶。どこかなつかしさを感じさせる70年代ポーランドの風景のなか紡がれる、新しい夏休み映画が誕生した。

公式サイトにコメント寄せました!!!

『メモリーズオブサマー』コメント案

★案1:
少年の唇には殴られたあとにできた瘡蓋(かさぶた)がある。『メモリーズ・オブ・サマー』はあたかも瘡蓋のような映画で、それが剥がれたあとには微かに私たちの心にも傷跡を残す。。

★案2:
終盤カメラは異様な動きをする。まるで少年の分裂したような視線がたったひとり家に置き去りにされるのだ。そこには少年の選ばれなかったもうひとつ人生の影が佇んでいた。。

★案3:
ロジェ・カイヨワは「人間を遊ぶひと」=「ホモ・ルーデンス」と定義した。その遊びは「競争」「偶然」「模倣」「眩暈」に分類される。『メモリーズ・オブ・サマー』にはすべてが登場する。この非生産的な人間の遊びたちは、私たちに人間の本質を思い出させてくれる。

★案4:
子供世界とは社会には一切所属していない完全に独立した惑星だ。何光年も前にそこで起きた出来事の光のみが現在の我々に残像として投げかけてくる。

★案4-2:
子供世界とは社会には一切所属していない完全に独立した惑星だ。何光年も前にそこで起きた出来事の光のみが現在の我々に残像として投げかけてくる。
これは誰の物語でもなく、同時に私たち全員の物語でもある。

★案5:
言語ですら置き換えられない時空間が誰のなかにもある。そこは完全なる隙間であり、秘事の本質である。わたしたちはその秘事には永久に触れることはないが、何度も語り直し夢見ることができる。それが永遠だ。

★案6:
逆光や間違い、思わせぶりだけが少年少女時代の本質だ。この美しい繰り返し語られる出来事があるとしたら、その裏に語られなかった影の物語もあるはずだ。語られなかったもうひとつの影こそが重要で救済すべき物語なのかも知れない。。

ヴィヴィアン佐藤(美術家、ドラァグクイーン)

#ビビコメント #メモリーズオブサマー