上京したものの

右も左も分からず

とにかく東京という場所に

田舎者の私は

圧倒されてしまいました。



まずは貯金が全くなかったので

アルバイトを探して働き始めました。

しかし最初の数ヶ月は

アルバイトをかけもちしすぎて

体調を崩したり

当時は8帖くらいの部屋に

2段ベッドが2つあり

そこで4人で寝て

トイレ、お風呂は共同

という部屋に住んでいたので

歌の練習も好きな時にできず

なんの為に東京に出て来たんだろう、、、

と空回りばかりしていました。




そんなある日、母が癌になり

明日手術を受けると

急に連絡が入りました。



頭の中が真っ白になり

全身がしびれて動けなくなりました。



動転しながらも急いで秋田に帰り

母との闘病生活が始まりました。



ギリギリまで母が

私を心配をさせないようにと

病気を隠していたこと、


母をたった一人残して

上京してしまったことに

本当に後悔しかありませんでした。



やっぱり私は

夢の為に生きるんではなくて

母のそばにずっといようと

思いました。



病院に通う毎日の中で

生きるということについてたくさん

考えるようになりました。




奇跡的に手術が成功して

母もだんだん回復していきました。



でもそんなある日、母が

『私のせいで、やりたいことが出来なかったと
後で由香が思うのは本当に嫌だ』

と言いました。



それは母も同じように

歌手になりたかったのに

家があまり裕福ではなかったということで

夢を断念せざる得なかったので

私には夢を叶えて欲しい。

そんな気持ちから出た言葉でした。




一度は後悔した夢だけど

このまま諦めたら

母も私ももっと後悔する。

そう思いました。



そして母の回復を見届け

再度上京しました。



LIVE活動をしながら

チャンスを模索していたところ

『今度オーディションがあるらしいから

オーディションとかも受けてみればいいんじゃないの?』

とある日言われました。



最初はTV番組のオーディションということで

すごく気がひけてしまいました。

TVなんて出たことも無いし

経験もあまりない私が出て

恥をかかないだろうか、、


でもこれでダメなら秋田に帰ろう。

最後のチャンスと決意し

思いきって受けることにしました。



そしてそこで合格することが出来き

『rhythmic』として

メジャーデビューを

することができました。


その時始めて地元の友達や

お世話になった方に

報告する事ができました。



母もものすごく驚いて

最初は信じられない様子でした。

でも私の歌っている姿を見て

涙を流して喜んでくれました。



『これがゴールではなく

これからがもっともっと大変だから

一生懸命努力しなさい』

そう言ってくれました。

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