昔々、おおむかし。

まだ人々が魔術を信じていた頃。

 

人々が実直で、素直で、

こつこつと仕事をして、楽しく暮らしていた頃。

 

 

 

幼い頃からヒーリングの力が強い男の子がいました。

 

彼はヨチヨチ歩きの頃から、

なぜか病人がいると、そばに寄っていく。

 

そして病人に手を触れる。

 

彼に触れられた病人は、しばらくすると回復して、

元気になってしまう。

 

とても小さい子供のすることなので、

最初は偶然と思われていたけど、だんだん、

これは、この子が治しているのではないか?

 

徐々に、人々が彼の力を認め始めて、

病気の人、怪我している人たちが、彼のところに運ばれるようになった。

 

病人は元気になり、怪我はすぐに治って、

よろこんだ人々が、彼と彼の両親にどんどんお金や作物を持ってくる。

 

彼の家は、とても大きな立派な家になった。

 

ところがところが、

 

なんと、彼は10歳の誕生日に亡くなってしまう。

 

 

高熱が出て、あっと言う間。

 

両親は呆然とする。

 

 

人々の病気を治してきた子供が、熱であっという間に死んでしまうなんて。

 

 

両親は嘆き悲しむけど、

村人たちは、違う風に感じていて

「あの子は、村の厄をぜんぶ背負ってくれたのではないか?」

 

本当にそうだったのかも。

 

 

それから、村には大きな病人も出ないで、

とても平和に暮らしていた。

村の厄を背負って死んでしまった子供の家にも、

村の人たちは相変わらずお金や作物を持ってきた。

感謝をこめて。

 

 

 

ある日、

 

遠い町から

貴族が村に来る。

 

 

ずっと病気で、ずっと治らない、彼の娘を治してほしい。

 

 

貴族は、

あの子の噂を聞いて、ここまで来た。

 

 

どんな医者も治せない。

娘をどうか治してほしい。

 

 

でもね、ちょっとこの貴族、

怒っていたの。

娘の病気に。

 

もう、この村の子供が最後の頼みの綱だったので、

ギリギリ崖っぷちだったので、

 

怖がっていた。

娘が死んでしまう、と

怖がっていた。

 

 

素直で実直な村の人たちにとって、

そんな怒りが恐ろしかった。

 

 

あの子はもう、死にました。

 

なんて、そんなこと、

とてもじゃないけど、言えない。

言ったら何されるかわからない。

 

 

 

さてさて。

死んでしまった子供には、弟がいました。

 

 

一つ下の弟がいました。

 

 

無口な兄と違って、

とてもよく話す弟だった。

 

 

ヒーリングの力は、弟には無い。

 

 

けど、村の人たち、

もしかして、もしかして、弟だから、

ねえ、ちょっとは出来るんじゃ無い??

 

 

両親もしぶしぶ、

弟を、兄といつわって貴族に差し出した。

 

弟は10歳。

 

 

ずっと兄のやることを見ていて、

でも自分には力がないことを、よく知っていた。

 

 

でも、まだ子供だったし、

ちょっと楽観的な子だったから、

まあ、やってみるかな、って

兄のフリをして、貴族の娘に手をかざした。

 

 

 

そしたらね、

なんと彼女が良くなったのだ。

 

 

弟には分かっている。

これは自分の力じゃ無い。

 

 

町から村への旅が良かったのか、

貴族である親が、ずっと一緒なのが良かったのか、

なんかこの子供に触れられると、元気になるよ、と

言われていたからなのか、

 

娘は勝手に自分で治ってしまったの。

 

 

でも、

ああ、この子はやっぱりヒーリングできる!

 

ってことになっちゃってね。

 

 

 

感激した貴族が、

この子を町に連れて行きたい!

ぜひに!

 

と両親に頼み込み、たくさんの金品を与えて、

 

わけもわからず、

両親が???ってなっている間に、

 

弟は貴族と一緒に

町に連れられて行っちゃった。

 

 

 

村から町へ行く道で、

弟は、心の奥がすーっと冷えていくのを感じてる。

 

 

自分には兄のような力がない。

 

でも、

どうにかしなければ。

どうにかして、このまま、

周りの人に「ヒーラーだ」と思ってもらえるように。

 

どうにかして、

工夫して、

生き延びなければ。

 

 

自分でなんとかするしかない。

 

 

 

誰も助けてくれない。

誰も味方になってくれない。

 

 

冷え冷えした目で、近づいてくる町を眺めながら、

 

彼は一生懸命考えた。

 

 

そこから

彼の旅が始まる。

 

 

村で有名だった兄に

ずっと隠れて生きてきたけど、

 

 

これからは彼にスポットライトが強烈に当たっている。

 

 

兄と違って、彼は

とても頭が良かったの。

そして言葉を使うのが上手だった。

 

 

ヒーリングの力は、まったくなかったけど、

工夫して、知恵をしぼって

そして話術で、

病人を治した。

 

 

治らない病人、死んでいく人たちもいたけど、

「これは神のご加護です。

今は死にゆくことが、この人の魂の安らぎになるのです。」

 

とてもとても

上手に心を操って、

最後にはみんな、彼の力に感謝した。

 

 

貴族に重宝されて、

病人に感謝されて、

 

 

彼の元に金品がどんどん流れ込む。

 

 

 

でも。

彼には

そのお金、その品々が

禍々しく見えてしまう。

 

 

自分はみんなを騙している。

自分には、みんなが言うような力がない。

 

 

あるフリをしているだけ。

自分はペテン師だと思っている。

 

 

 

お金が入るほど、

彼は苦しい。

 

 

豊かになるほど、

彼は苦しい。

 

 

 

自分は、本当の本当は、

とても良い人間なのだとわかっている。

 

 

病人に向かっているときは、

とても真摯に、治そうとしている。

 

もうとにかく、

手をつくし言葉をつくして。

 

 

でも

それで病人が治っても、

 

 

つらくなるばかり。

 

お金をもらっても。

自分が騙した結果に思えて

苦しくなるばかり。

 

 

 

あるとき、

 

彼の死んだ兄が

夢に出てきた。

 

 

彼は思わず、懇願する。

 

おにいちゃん、

おにいちゃん、

どうかぼくを殺してください。

 

 

もう

こんな苦しいのはいやだ。

 

おにいちゃんは、

苦しみを無くすことができるでしょう?

 

 

ぼくを殺してください。

苦しみを止めてください。

 

 

 

夢のなかで、

子供のままの兄が、ゆっくりうなずいて、

 

 

彼は

そのまま亡くなりました。

 

 

 

あの日、

村から町へ向かう道で、

 

ひとりでどうにかしないといけない。

誰もこれからは助けてくれない、

冷え冷えと、そう思った。

 

その冷たい塊を抱えたまま。

 

 

お金や豊かさを

自分のペテンの結果として

嫌悪したまま。