下町に乙女椿の咲き初むる
(したまちに おとめつばきの さきそむる )


「椿(つばき)」は、春を代表する花木であり多数の品種がある。それを識別するのは非常に困難であり、俳句では、大雑把に「白椿」「紅椿」などに分けて句を詠むことが多い。



ただ、中には個別名でよく詠まれるものがいくつかある。その一つが今日取り上げる「乙女椿(おとめつばき)」である。

ピンク色の八重の花を咲かす品種だが、その名前のとおり、清純な乙女のような雰囲気があり特別に愛でられている。

 



本日の掲句は、その「乙女椿」が疏水べりに植わっていて、何輪か花を咲かせているのを見て詠んだ句である。上五は、「疏水べり」ではちょっと味気ないので「下町に」とした。

「乙女椿」は「椿」の一種で春の季語。



因みに、「乙女椿」に関しては、過去に以下の一句のみ詠んでいる。
 

乙女椿一輪にして華やげり

この句は、立春が過ぎた直後に詠んだ句。近所の道端に植えてある「乙女椿」が、大きな蕾を数日かけてゆっくりと綻ばせ、ようやく一輪の花が全開。周囲がぱっと明るくなった感じがした。



ところで、「乙女椿」は八重の花を咲かすと書いたが、この咲き方を「千重咲き」ともいうらしい。「千重咲き」の読み方は、「ちえざき」「せんじゅざき」「せんえざき」といくつかある。



花弁(はなびら)の重なりが多い花を指すそうだが、その上を行く「万重(まんえ、まんじゅ)咲き」や代表的な花にたとえての「牡丹咲き」「菊咲き」「蓮華咲き」といった呼称もあるそうだ。



「乙女椿」は、ツバキ科ツバキ属の花木。江戸時代に日本で品種改良された椿の一種。花期は2月~4月。時々12月にも花をつけることがある。花はなかなか落下せず、褐色に変色した花が枝に残っていることもある。



名前は、可愛い花姿からの連想により付けられたとされているが、実を結ばないことが結婚前の乙女を思わせるという説などいくつかある。



「椿」を詠んだ句は非常に多いが、以下には、その中から特に「乙女椿」を詠んだ句を選んで掲載した。


【乙女椿の参考句】
風吹くや隠れ顔なる乙女椿 /楠本憲吉
ひとの庭の乙女椿を恋ひにけり /松崎鉄之介
乙女椿まろき雨飲む仰向きて /長谷川秋子
しばらくは乙女椿を家人とす /丸岡忍
愛らしき乙女椿に風荒き /伊藤セキ