【食といのちの調理人】小石 倫子です

いよいよ明日、ひと足先に荷物がでます


いやぁ、今思えば2月の緊急事態宣言下に視察に行き
今までの視察した地域よりも、
ええええ





と思うほど、あっさりした視察に
おいおい、受け入れる気ある






と思うほどでしたが、
かえって自由度満載か

と気を取り直し
友人たちの助言も受けつつ、
ついについに
やって来ましたね



まぁ、まだもう少しまとめるものが残っているものの噛む噛む星人がいる以上
ラストスパートは、明日に



さてさて、
昨日は高知県入りする前の親子水入らずの墓参り
道中の車中で、父親から餞別をもらった
いくつになっても親は親
50歳にしてまだ餞別と言いつつお小遣いを頂くのは、どうにも複雑だ


母が生きていたら、もっとしてやるんだろうけどと
お小遣いを切り詰めてくれたことに、感謝と嬉しさと何とも複雑だ


自営業を引退してもう10年ほどになるが、
国民年金で、今は慎ましく暮らしている父親からというのは本当に複雑だ
往年の父親は、私の憧れの男性像だっただけに、
その小さくなった背中は、
老いるということは、こういうことかとまざまざと思い知らされる


そんな胸中を察してか
もう反対したところで娘は行ってしまうのかと納得させるように
身体に気をつけて地域の人たちに可愛がってもらえるようにするんだぞと涙を浮かべながら
墓前の祖父母と母に報告して
二人でせっせと墓石を掃除した


そして
二人でよく家族で行った中華店でランチを取った
確かオーダーが、どこかの中華店で修行されて独立されたと思うのだが、四半世紀以上になるだろうか
今も地域の方々に愛されておられる個人店だ。
ランチタイム開始直後に私たちは入店したが、その後も、カップルやお一人様、会社の接待風など、一気に満席だ。
最近には珍しく上司と部下という感じの男性二人も来店されていた。
少しランチ価格としては、安いとは言えない900円前後のセット価格ではあるが、ボリュームは満点
メイン、スープ、小鉢、漬物、小さなデザート、ご飯が付いている。
メインの皿は、24センチはあろうかという深皿にうっすら山盛り。
私は日替わりの豚肉と野菜の黒胡椒炒めを
父親は八宝菜ランチを注文した。
私はもう夕食との兼食なので、ご飯は大盛りにしてもらったのだが、オーダーが目の前に来て、正直後悔するほどだった

あまりのボリューム感に、
しまった




やっちまった




父親は、それを尻目に、黙々と箸を進める
ご飯こそオーダー通りの普通盛りとはいえ
おん年86歳だ

あまりの食べっぷりにこちらが圧倒される
キッと
もうオレは食べれないから、ちょっと助けてくれ
というかと思いきや
完食だ




天晴れである。
挙句には
食べなきゃ力が出んからなぁ
という始末




先月もそうだったとふと思う。
先月の墓参りの時は、
一人ではなかなか鍋をつつくこともなかろうかと
しゃぶしゃぶを食べた
その時もそうだった。
ランチのオススメメニューはどれも大手チェーン店にありそうなものばかりなので、
しゃぶしゃぶコースを2人前注文したのだ。
するとその時も戦闘モード全開の食べっぷり


当然私が鍋奉行となり、父親に取り分けて食べるというスタイル。
もっとお肉を






と言わんばかりの食べっぷり。
結局2人前のお肉の2/3を平げ、追加注文したそうな感じなのだ。
食べても良いけど、大丈夫

後がしんどくならない




後がしんどくならない


と私が嗜める始末


結局私は少しのお肉と野菜に、お代わりのご飯で空腹を満たすという






何ともデリカシーのかける父親でもある
こんな時、亡き母はどんな思いを馳せていたのだろかとふと思う。
でも最後まで病院のベットで父親を思い、
何も出来ない人だから
と言ってたのを思い出した。
ドラマの
【生きるとか死ぬとか父親とか】
の主人公扮する吉田 羊さんと
父親に扮する國村 隼さんのやりとりが、何ともタイムリーで、笑える
結局のところは、
生きていた時の母親との時間をもう埋めることは出来ないし、
かと言って
折り合いをつけながら、親子をやり
今を愉しむことしか出来ないのだ。
でもいつまでも親子は親子なのだと思う
