仕事とお金といのちと私 | 自然のある暮らし〜程よく楽しく

自然のある暮らし〜程よく楽しく

【いのちを調えること】

50歳を機に大阪から高知へやって来て自分らしく生きていくお話し


日常をただただ楽しく綴って
いきます。

皆さんの生きるヒントに
なれば幸いです


こんにちわラブ

【食といのちの調理人】小石 倫子です

ここ数日大阪は、春の陽気というよりも、
初夏の陽気なほどの少し汗ばむ感じを受ける日が続きますねラブラブラブ

さてさて、
ここ数日

里山暮らし計画に見通しが出て来たからでしょうか、
自然の摂理から、
里山暮らしをしたいのはなぜだぁおねがいニヤリおねがい
と問われるかのような

いわゆる
ファイナルアンサーニヤリ!?
的な出来事がびっくりウインクびっくりウインク

そうまさに本日のお題にもした
【仕事とお金といのちと私】
いわばなぜ移住したいのか!?!?なのです。

それを自分なりに紐解こうと思ったわけです爆笑ウインク爆笑



みなさんはまず仕事はなぜしますか?

生きていくのにお金が必要だからだよビックリマークビックリマークビックリマーク
誰かの役に立ちたいからだよビックリマークビックリマークビックリマーク
仕事をしないと幸せになれないからだよビックリマークビックリマークビックリマーク
とか
さまざまな意見があると思いますウインク

近年、私が知るところによればですが、
30代前後の世代から徐々に広がりを見せている
【好きを仕事にありのままに生きる】というフレーズが横行して、仕事という概念が多様化して、会社へ出勤するということじゃなく自分の好きなことで起業するという方向へ時代は向かいました。
それは、
いわゆる一大流行語にもなった【ゆとり世代】
トップダウン、一斉にといういわばみんなと同調するということから個の自立。
人それぞれ生きてきた環境も違うということは当然価値観も違う。まさに十人十色。神様だって八百万の神というぐらい個性があるわけで、
だからSMAPの【世界で一つだけの花】なんかが
一世を風靡したように思うんです。

それを象徴するかのように
自分自身の時間を切り売りして仕事をして対等対価としてお金を稼ぐのではなく、自分自身の好きなことなら努力するというよりは楽しんでワクワクしながら苦もなく続けられる。だからありのままに生きれるんだということです。

ですが、そこにはなぜか【お金を稼ぐ】という文言が入ってきます。

地球上に肉体を持って生きているものは人種以外は、お金を稼ぐという概念は持ち合わせていません。

植物も虫も鉱物も全てのものは、ただいのちを循環させているだけです。

ただいのちを循環させているだけ

私はここに至りたいと思ったんです。

自然の摂理に添い生きたい。

一昨年まで私は飲食店を経営していました。
その開店に至るまで、ずっと仕事に追われ、お金に追われてきました。

家のローンに追われ
教育費に追われ
もちろん夫婦で稼いだからこそ、いわば贅沢もしました。

でもふっと思ったんですよ。

生きていくために必要なだけでいいんじゃないかとニヤリ

だったら必要と思う分だけ自分らしく稼ぎたい

その時の私は稼ぎたかったんですよ

いざ自分で店を持ち、自分で作った料理に値段という価値をつけて、いわばお客様が来るということはジャッジされること。
私が自分自身で作った料理の値段【価値】をつけて
お客様がその値段に見合っているかまたはそれ以上かとね。

当時はテナント料を払って営業していたわけですから、当然家賃も材料費も光熱費もお金がかかります。

店を開店させるまでは、私もいわば会社員です。
自分自身の時間を切り売りして給料という対等対価を得ていたわけです。

コレも視点を変えれば私自分自身のいのちの価値をジャッジされているわけです。

お金=いのち
ですよ。集団的無意識の支配です。

そこから達観して、俯瞰して、もし少しでも自然の摂理のシンプルな流れに従い、添い、応じることが出来たなら。

【食に関わる仕事をする人はいのちをデザインできる人】

里山暮らしをしても、長距離歩けるようにならなければ、車も乗るでしょう。だからお金は必要だと思います。おくどさんはあるけど、常時安定して使えるようにならなければ、光熱費もかかるので、やっぱりお金が必要になるでしょう。
水も湧き水を使えるようにならなければ、やっぱりお金が必要です。

山に入って、野草やキノコ、山菜も見分ける目も欲しい。
薪や炭も作れるようになりたい。

そこに至れるようになりたい。

宇宙の摂理、自然の摂理を知れば知るほど
シンプルにただいのちを循環させて生きてみたい。

全ての生きるもの全ては生きるべきして生き、生かされているのなら、尊きものなら、自分の可能性を価値をジャッジして自分自身を決めたくないなぁと。

だから、次に開店する時は
やはり【ドネーション制】にしようと思う。

とある出来事があり
私自分自身は、あくまで結の気持ちで、引き受けたことを出来上がったものをある人からのアドバイスで、販売するという。

のちのち聞けば、売るから手間代を請求して欲しいと言ったつもりではないそうだが、

結局、手間代をとって欲しいとのこと。

そしてその金額を提示して欲しいという。

そして、仲のいい友人に相談すると、
【それは遠慮することもないし、たとえ材料を支給されて作ったとしても、光熱費も今のみっちゃんはかかってるんだから、もらったらええねん】という。

確かに光熱費はかかっている。

でも私の中でやはりしっくりと来なかったのだ。

それまでその方から素晴らしいと思う学びもさせて頂いたし、有意義な時間も頂いた。

それに価値というジャッジは付けれない、まさに【愛】なのだ。

そこに情はなくただ感謝しかなかった。


だから、そこにお金というツールはわたしには必要なかった。

でも結局押し切られた形で、何とも言えないえーん

そんなことで友人に連絡すると
【みっちゃんが、今度開業するとき、ドネーション制は、やっぱりどうかなぁ。だって考えてみて、搾取する人もおるんやでビックリマーク神社仏閣行っても、パワースポットでご利益、ご利益ビックリマークビックリマークって、賽銭もいれずにお参りする人もおるんやからガーンびっくり

まぁ、確かに


宇宙の摂理、自然の摂理に可もなく不可もなし。

エネルギーと波動で共振、共鳴しているわけで、
搾取する人もは、いずれ搾取されることになるだけ。


達観して俯瞰するには、私も今回の出来事で
ざわざわしたりモヤモヤしているわけでガーンえーん

もう少し時間もかかり、俯瞰もしなくてはいけないですニコニコ爆笑

ですが、いずれそう遠くない将来には
そういう方向性で行きたいなぁと爆笑ラブ


カモーんラブ照れ
高知県