【食といのちの調理人】 小石 倫子です

大阪は昨夜からの雨で、とても静かな週末のような気がします

久しぶりにというか最近はいつものんびりとしているんですが


よく思うことがあります
それはドンドンと直感というか、常に心が穏やかになり、本当に常に俯瞰している自分がいることに気づきます

今の仕事柄、多くの人と会ういわば接客業
早朝6時から3時間 月曜日から土曜日まで勤務しています。
閉店してからなので一年半。
それまで、怒涛のように仕事と家事に追われて
店をやっていたときには、ほぼ毎日3、4時間睡眠で
本当にすっかりショートスリーパーになりました

その分、夢を見ることがなくなり、就寝すればほぼ1分以内には、深い眠りに入れる技を習得しましたね


そんな生活から一変、ドンドンと俯瞰して
今は食事も一汁一菜のシンプルなものに切り替えたこともあり、ほとんど家事もシンプルになり、その分
自分と向き合うことが多くなりました
よく最近幼い時の自分もよく思い出します。
【イヌはなぜイヌっていうの
】とか
】とかなぜ【雲はなぜ白いの
】とか両親に言って
】とか両親に言って【なぜって、そういうもの
】なんて言われたものでした



】なんて言われたものでしたそれとよく一人で自転車に乗って
【ちょっと自転車乗り行ってくる
】が口癖だったなぁとか。
】が口癖だったなぁとか。そして水路で捕まえた足の生えたオタマジャクシをポケットに入れて帰り、
母親に
【そんなもの、早く捨てて来なさい
】とか

】とかちょっと脱線


本日の参考図書は
岡田 多母氏シリーズ
この方の紡ぎ出す言葉【コトノハ】は本当にすっかり魅了されました
イロイロと文献を見ていると言葉には、【言霊】が宿るといいますが、
同音語には全て同じエネルギーがあり
例えば
木=キ 気=キ どちらもそのものからスゴいエネルギーがあるイメージが伺えます

言葉 【コトバ、コトノハ】
コレを紐解くと
コ=個と解釈でき
ト=十 コレは完結すると解釈できます
ノ=野と【私は】解釈して空間
バ=場、擬音をなくしハ=波
自分の想いを込めてエネルギーを持って伝えると解釈できるように思います。
言葉は自分を表現することのできるもの
【言霊】
言葉は人柄がでます。
荒々しく話せば、どこか荒っぽくなり
イライラ話せば、どこかザワザワする
なので日本人は礼節思って、美しい言葉を話すというのは、まさにヤマトの民

【ヤマト】は大和 大調和と解釈されることが多いですが、
私はこうも解釈できるのではないかなぁと
ヤ=矢
マ=間
ト=十
矢は相手を傷つけたり、ものを射抜きます。
ですが、間をおき、完結させる。
イライラしたり、あらっぱくなったことを少し間をおくことで穏やかに完結させる。
日本語は、常に裏表のない【愛】己の言葉を使って話す
ヤマト言葉って美しく、大調和を願う
世界観からは、曖昧で、自己主張のない言葉と揶揄されますが、
全てが素晴らしいと感じ、全てが絶妙なバランスで出来ていることをある意味、分かっている日本人には、あえて自己主張をする必要がないことを感覚で理解しているかもしれませんね
そんなことを感じれば感じるほど
ドンドンと私の中で、また断捨離提唱者の
やました ひでこ氏の
新たな人生に持って行きたい
と思うものだけ残して
と思うものだけ残して
がリフレインします

そして多母氏の本を拝読させて頂いてもやっぱり
新たな人生に持って行きたいと思うものだけ残して



がリフレインします
まぁ肉体は有限で天からの借り物ですし、いずれ肉体は亡び、物も魂になれば持っては行けません。
まだまだ死というその肉体を天に還すその時はピンとは来ませんが、
着実に物欲はなくなり、
本当に必要なものだけ残したいなぁと

なんかいつもながら
まとまりのない文章になりました


