【食といのちの調理人】小石 倫子です

先週は怒涛の1週間を過ごし、週末には久しぶりに
田畑に立ち、感慨深い。
さてさて本日の参考図書は
「五十歳からの成熟した生き方」
いつもながらタイムリーに読みたい本が格安で手に入り本日も数時間でクスクス笑いながら、そして感慨深く拝読させて頂きました。
巷に溢れる五十歳からの〜を命題とした本とは、一線を引く何とも言えない本でした。
昨今ではもう新しくも何ともない【人生百年時代】
科学的医療は目覚ましい進歩を遂げ、ある意味
人は死なないかも?と錯覚してしまう時代。
そんな錯覚の時代を生き抜くバイブルが如く
素敵にカッコよくキラキラした生き方を提唱する本が溢れています。
ですが、どんなに時代が進歩しても人はいずれ死にます。
その死に様をいかにして真っ当するかという切り口で
ある意味現代テクノロジーを牽引した天外伺朗氏
著書の中で
人は変容を恐れ、医療進歩も【死ぬことは怖い】ということを助長している。
バブル期の時代のCMに
サラリーマン風の男性がスーツという鎧を着て、スーツケースという武器を持ち栄養ドリンク片手に
【24時間戦えますか?】という。
まさに現代社会において経済活動で戦うことが全てであり、老いるということは、経済活動に参画しないある意味戦えない生きる屍の如くの呪縛
そして真面目一辺倒だった人ほど、その呪縛から解き放たれた時、身を潜めるように老いを迎える
【ヒソヒソ老人】とかす。まさに植物に例えれば
【腐る】
悪臭がたって傍迷惑甚だしい。
そしてまだまだ若いもんには負けんぞ!と年甲斐もなくギラギラとする【ムリムリ老人】
こちらは原型をとどめずに無残な残骸をさらしているようだ。
ですが、昔には、何処にでも一人や二人【長老】と言われる何とも言えない風格があり、誰からも一目置かれどこかしら色気がある存在がいました。
著書の中で、【上手に枯れる】という比喩があり、
まさにそこです。
確かに新芽の艶やかさとは異なるけれど、ごく自然なプロセスの一部で、大地のふところに還ってやがて新しいいのちをもたらすという何ともポジティブなイメージがあります。
私自身、今年50歳。
45歳になる歳に開業し、一昨年閉店して、
それまでにも、子育てをして、良妻賢母の呪縛に取り憑かれて全力疾走で駆け抜け、
色々な気づきと俯瞰を余儀なくされました。
元々【自分がやればいい】という気質も手伝って、自分を追い込み続けて来ましたが、
昨年 自然に触れるきっかけを求めて、【自然農】に出会い、
改めて思うことがあります。
どんなにひとりで頑張ったと思っても、どこかで誰かに助けられて、自然の摂理の一部にしか過ぎず、
絶妙なバランスで可もなく不可もなく。
そして
人生は母親の胎内から生まれ出て、多くの苦難を経験し、宇宙の胎内へと還って行く。
多くの人が一人で生まれ出て、多くの人と関わり、また一人で還って行く
最近思うことがあります。
20代30代は、ひとりでいることがどこか取り残されたような気がして、目が疲れるまで画像を見たり、音楽を聴き時間が流れ去るのを待ったような気がします。
そんな時を経て、今は一人の時間がとても愛おしく、
ひとりで田畑に立つと、あああまた新たな思いに耽るのだなぁと思います。
わたしには、血脈を残すことは出来ませんでしたが、
そう遠くはない将来、里山へ行きます。
その時私は次世代にどんな種を残せるんでしょうか?
その時、私らしくどんなふうに上手に枯れることが出来るんだろうかと
