【食といのちの調理人】小石 倫子です

怒涛の四国入りの視察弾丸ツアーが、無事に終了して
大阪に帰って来ました

いやぁ、つくづく思いました
当初14日から地域おこし協力隊の視察でこのコロナ禍の状況下で無理を承知で視察依頼した高知県
行政の方にも
住民票を移して来られるわけですから、おっしゃる通りです

と快諾をいただきいざ四国へ
スケジュール調整の最中に自然農の全国集会があり
四国には営農の先輩方々がいらっしゃるということで
すぐさま連絡を取りつけると
14日に徳島県で定例の勉強会があることをキャッチ
高知県視察の日程を急遽15日から変更してもらえるという何ともグッとタイミング

コレも龍田大社の風神さまのご加護か



と嬉しい限り
徳島県の定例の勉強会でも、座学ではそんな話が飛び出して本当にタイムリー

今までは、多くの方が私を含め、宇宙の摂理





自然の摂理

なんぞや

と


なんぞや

とまさに目に見える物質世界のみが真実と思っておられたと思います
ですが、改めて農に携わると否応なく自然の摂理や法則に私たち人も沿い、従って、応じて生きていることこそが安心立命、真理ではないかと気がつき始めます


そんなことを痛烈に感じます。
今回も四国の車中泊の夜長を読書で過ごしたのですが、
精神世界やスピリチュアル系がお好きな方々には、
有名な【水からの伝言】の著者の江本氏。その著書
【波動の真理】
その一説に
波動の真理という立場から見れば、真の幸福というものは「分かち合い」によって得られる。
では真理と真実は違うのでしょうか?
真理とは
宇宙、大自然、そして人や動植鉱物が秩序よく生成され存続してゆくための法則
真実とは
上記の物が、それぞれ実際にその存在を刻した足跡、現況である
このように、真理と真実という言葉を定義づけて考えると、真理というものは一つしかなく、真実というものは無数にあるということになります。したがって、真理に基づく真実同士であれば、それは波動の理論によって共振共鳴しあうこととなり、争いも当然起こらないはずで、真理そのものの探究が、ほとんどの真実には、真理の上に立脚していないゆえに、無数にある真実同士が【われこそ本物なり】となり、現実世界での争い、紛争に他ならないのではないでしょうか?
人は幸せになりたい、豊かに暮らしたい、健康でありたい、平和でありたいとこの地球上に種として誕生して以来ずっと考えて来ました。
そしてそうした視点からこの日本でも違った意味での貧困性が目につく時代となっています。そのような視点を持った時、
【貧困と無知】というキーワードが浮かび、無知であることの意味が、従来の物質主義的ものとは違うものとなって来たと言えます。
すなわち、真理の探究に他ならない。
それは宇宙の摂理、真理であり、内なる神を秘めた人間そのもののあり方の探究に他ならない。
そんな一説が、20年前に著書として出版されるという開眼ぶりには圧巻




ですが、もう時代変革もまさに過渡期に来て
流れのスピードはまさに風のように駆け抜けて行きます。
そしてスピリチュアルだの精神世界の胡散臭さなどとは言えないような気がします。
↑
数年前まで気がついてなかったお前がいうなぁ





ですが、今私の中で、まさに真理を探究する上において【波動】というキーワードはとても重要だと思うのです。
かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチが
【幸運の女神には前髪しかない】ということがありますが、
ギリシャ神話において概念の異なる二人の 「時の神」
流れる 「時間」 を意味する "クロノス(Chronos)" と
ターニングポイントなどの一瞬の 「時」 を意味する "カイロス(Kairos)" がいる。
このカイロス神は、頭にひとつかみの前髪だけが生えた、肩とカカトに翼を持った少年。
一瞬にして目の前を走り抜ける "カイロス" = "チャンス(好機の時)" を捕まえるには
前髪をつかむしかない。 通り過ぎた後を追いかけても、後ろ髪が無いので捕まえられない。
流れる 「時間」 を意味する "クロノス(Chronos)" と
ターニングポイントなどの一瞬の 「時」 を意味する "カイロス(Kairos)" がいる。
このカイロス神は、頭にひとつかみの前髪だけが生えた、肩とカカトに翼を持った少年。
一瞬にして目の前を走り抜ける "カイロス" = "チャンス(好機の時)" を捕まえるには
前髪をつかむしかない。 通り過ぎた後を追いかけても、後ろ髪が無いので捕まえられない。
ということになるようです。
なぜこのことを引き合いに出すかというと、
やはり最近痛烈に感じることは、タイミングよく即行動することもある意味真理そのものなのかなぁと。
それは波動の共振共鳴で
人は幸せになりたいという思考は、視点を変えればそもそもが地球上に人間種しか持ちえないことであり、てんとう虫や桜の木が、幸せになりたいと飛んだり、花芽をつけたりするんでしょうか?ということ。
そしてさらに視点を変えれば、そもそもが幸せの上に成り立って調和、共振共鳴しているからこそが、真理そのもの。
ではチャンスとはなんなんでしょう?
それも真理そのものの波動、共振共鳴サインではないのかと

だから今一瞬一瞬が大切で、ここぞ
という表現があることも頷けます。
という表現があることも頷けます。ではモヤモヤする、なんか違う?なんか不安に思う?ということはなんなんでしょうか?
それは、真理に沿わないサイン







何を言いたいかというと
要は、自分をゆっくりと俯瞰して直感とはまさに真理そのもののを感じた瞬間だから、それに従って行動すれば自ずと楽しいこと
嬉しいことしか現実的起こらないってこと




でも
そんな楽しいことや嬉しいことばかりじゃないよ
という意見もあることでしょう
2年前の私もそうでした



旦那が言うことを全然理解してくれない
やりたい思っていたこととと全然現状が違うことにしかならない
もっと
もっとと思って自分を責めて旦那を始め
今から思えば全部他人のせいにしていました


でも今はまだまだまだな部分もありますが、
全部自分の波動とエネルギーが真理と矛盾していた結果だったんだなぁと


今回も愛媛県の自然農の先輩のところに立ちより帰るつもりで、愛媛県入りしたのですが、よくよく調べると愛媛県から瀬戸内の離島と判明


昨夜から風が強くなり、何となく
こりゃフェリー出るの

と思ってしまい


と思ってしまい即先輩に理由を伝えたところ
賢明だと思います。どうも来れても帰れないかも







と言うことで
大阪に帰って来ました





結局のところ
今は徳島県も雪が降っている模様で
宇宙の摂理ついてる











結局今夜から夜行バスで新潟県入りの最終調整する予定だったのですが
正直行く前からモヤモヤ、どうも腑に落ちない
ドーーーン




結局のところ警報でまた今日から爆低気圧





結局のところキャンセルで行けず



もう昨年末から行けず





さてさてこのサインは




みなさんはどう答えを出しますか


