【食といのちの調理人】小石 美知子です

もうすぐ、肴小料理屋 侑歩を閉店することに決断して一年になります。
開店当初は、本来家庭と仕事の両立で、世間でいうところの60歳現役引退後の人生は、夫婦二人で気の合う友人やそれを取り巻く環境が【嬉し嬉し】効果の渦でいっぱいに満たされるようにと思っていました。
それは30 代、40 代前半を本当に今思えば駆け抜けるような、お金を追いかけて、追いかけての日々だったように思います。
別に今日明日食べるのにも住むところにも事欠き、
どうやってこの先生きて行くんだろう





と緊迫することではないのに、
もっと頑張らないと、私はできる子と自分に言い聞かせて走ってきたように思います。
そんな折、今まで年上の人たちに囲まれる生活を送ってきたこともあり、
SNSを通じて30 代の年下の男女に接する機会が増えると
彼らはこぞっていいます。
好きなことを自分らしく仕事にしたらいいんですよ









カルチャーショック



でした
私の中でお金を稼ぐことは頑張ってという字の如く
我を張って一生懸命するもの。
誰よりの努力して身を粉に寝食を忘れるほどに、ある意味血反吐を吐きながらやるもの。
ですが彼らをみていると、私たちとは時代背景が違い、生まれた時から不景気の真っ只中を過ごし、
親世代は、まだまだ団塊の世代。浮いた浮いたのバブル期を過ごし、崩壊したことにもなんとなく実感も沸かず、昔の栄華をもう一度とばかりに
24時間戦えますか
のキャッチフレーズで、人より少しでも安定した生活豊かな生活に翻弄されています。
そんな幼少期を過ごしながら、いざ学校という社会生活に飛び込めば、表面的には私たちの時代とは違う個性を主張させられている反面、人とは違うことをすればイジメ対象まっしぐら。陰湿極まりない針のムシロのような日々を悶々と過ごしながら、
いざ社会に出ればまた個性を主張させられる。
それでいい意味で解放された彼らに出会ったことは本当に感謝しかありませんでした。
SNSで、今までの鬱憤を晴らすが如く主張する彼らと出会い、ああこういう生き方もあるんだと感銘を受けましたね。
ある彼はコツコツとYouTubeで発信し、今や飛ぶ鳥を落とす勢い
まさに自分の好きなことをドンドンと形にして
ある彼は自分が好きな洋服で誰かを幸せにしたいとフリーのスタイリストに
ある彼はシェアハウスを立ち上げ多くの同世代の希望となり今は素敵なパートナーを見つけて、スタイリストサロンのオーナーに
もちろん彼らも人知れず葛藤の日々と悶々とした中から、自分を信じて多くの人に支えられて今日に至っている。
そういう彼らに大いに刺激を受けて、
私も【JIBAコミ】という一つの老若男女が集いささやかながら経済も回せるコミュニティ空間を実現するべく店を方向転換させて昨年春からスタートさせました。
それに伴い友人たちが賛同してくれて本当に楽しい時間を過ごすことが出来ました。
今まで現実的な物質社会でしか生きて来なかった私に目に見えない世界のことにも興味を持つ時間を与えて頂き、
全ての物質、現象が陰陽のバランスで保たれ、生かされていることにも気づかせて頂いた瞬間でした。
で、そういう思いが波動となって共鳴し合うことも。
その反面、当初望んでいた家庭と仕事の両立関係は、音を立てて崩壊した瞬間でもありました。
私が動き回れば、回るほど
【オレはいつもお前に振り回されている。それはお前が楽しいだけでオレはいつもお前に振り回されているんだ。食事と仕事をやってれば、ええと思っているお前がムカつく】
家族のカタチ、夫婦のカタチ、それは人それぞれで、
自分が楽しんでやっていれば、キッと分かってくれる。
どこかの先生が
夫婦円満の秘訣は、妻が笑顔に過ごせる工夫を日本人の男性はしないからです。何事も笑顔が肝心。日本の家庭では、妻が主体となって動いている家が多い。だからこそ、今のご時世共働きもほとんど。働いて、家事、育児にと一人で何役も無性の愛という耳障りのいい言葉で片付けていませんか?
時には労い、感謝の意を込めて伝える、行動する。
これが日本人の男性は苦手ですが、ぜひ心掛けてください。
小遣いが減ったと不平をいう前に24 時間365日無償で働けますか?
日本の女性は大多数がそういう働き方してるんですよ!
そんな言葉一欠片も思ってませんけど



何か











何か




その反面、夫婦二人で笑える日々を想像しないわけでもない。
縁あって伴侶となり、家族のあるべき姿を模索しながら、10数年の年月を過ごしてきた。
私のこれまでの人生の中でもっとも長いギネス記録ばりの時間。
とある芸能人が離婚はしないが、お互いにとっての最高の自分の時間を過ごすために、卒婚しました
という記事。

という記事。確かにお互いに意味があって生まれてきて、人生を誰かのために犠牲にする必要はない。
お互いが主役。
ですが、野球チームの巨人ではないけれど、4番バッターばっかりいらんねん
同じ船に船頭ばっかりいらんねん
という声も聞こえる
ですが、やはり卒婚をすることにしました。
迷ってるんちゃうんか



迷ってませんけど




父には当初
ワシを捨てて行くんか





と豪語されて泣かれてしまいましたが、
そこはやはり幾つになっても父親です。
行きたくて、相手も来てくれることを望んでいるなら行ってこい

そういうことで、イロイロと悩んだ結果、来春に。
やはり今、自然農で育てている野菜たちがどんどんと育ち始めて、
【大阪離れるの?そんな気がして】と。
確かに離れることは迷っていなくても、当然一人で暮らすわけで、例えば心が今通わなくなっていたとしても、同じ屋根の下に誰かがいるといないのではね。
ハヤる気持ちも分かるけど、相手がいることだから分かるけど、少し間を送ってことも大切じゃない。
その時間は、先方に徐々に慣れるという意味で通えばいいんじゃないの?
と言われ、一気に迷いが飛びました

大阪生まれの大阪育ち。
東大阪から東淀川区まで来るのに
思えば遠くへ来たもんだ〜





と当初は思っていた私ですから。
他府県となれば、習慣も風土も世界地図では小さな日本でもやはりね。
ということで、正式な場所は、もう少し先方との話が煮詰まってからのお楽しみ

ということです



9月中旬に視察に2、3日で行って来ましたが、本当に棚田が一面に広がり、日本の原風景さながらに素晴らしいお土とお空と空気が澄み渡るいいところでした。
みなさん、忍耐強く誠実なお人柄がよく出て、いい人たちばかりでした。
あちらに来春からお世話になる予定ですが、
コレももちろんまだ調整が必要で
正式に決定するれば引き続き、自然農を堪能して、自給自足を目指そうと思っています。
もちろん可能な限り自然農塾にも通うつもりです
そして夫婦のカタチを、一人でゆっくりと俯瞰してみようと思います。



