湯気の彼方にVol 3 @札幌 ラーメン徘徊記

湯気の彼方にVol 3 @札幌 ラーメン徘徊記

ちょと斜になって世の中を見渡せば、面白くも可笑しくも無い事々を見定めるほどに描き並べ、由無し事の数々を思い付く儘の落書きです。どちらさまも肩の力なぞお抜きいただいて、出来ることだけおやりになれば好いのです。そうと決まれば、さぁ、お熱いうちに

 

 

縄文式土器は世界最古です。発掘された土製器としてはですが、これ以上古い土器が世界にないという保証はありませんが、問題は縄文時代と言われている1万年から2万年前の同時代、地球上の他の地区は石器時代であったと言うことです。何事も発掘されている遺跡や遺物だけを比較しただけの話ですから、未だ発掘されてないか若しくは駅前の再開発のように、土地の再利用が盛んで何も知らずに何回も掘り返して遺跡の上に高層マンションが建っている場合もあるでしょうから、何でもかんでも一律に断ずることはできません。とは言え、土器や埴輪や土偶など土を使って道具を工作したことは、磨製石器などに比べれば数段高度な発明です。文化的生活と言ってもいい道具です。食料の保存や、住居との関連を考慮しても衣食住に於いて、完成度の高い生活があったものと推察できます。この列島に於いてそれらの生活が数万年(終了年がBC1000年頃と言われてます)続いた事が大事なところで、この列島の人々の哲学的瞑想生活をぶち壊したのは、やっぱり渡来してくる漂流民だったと思われます。困ったもので何時の時代も頼みもしないのにやってくる隣人たちに悩ましい思いをするのは、この列島住人の運命なのでしょう。もうひとつ大事なことはその頃、この列島の気候が今よりもっと温暖であったことです。そうでなければ道内遺跡群の存在はありません。現在が寒冷期であることは、この北海道の地に弥生時代が欠落している事が証明していますが、徐々に寒くなる土地に見切りをつけて南下していった縄文の先祖たちの気持ちは共感するに余りあります。

 

 

世の中は個人の都合と自己欺瞞、偽善に打算と相場が決まっています。そんな事を言っては身も蓋もありませんが、本当のところはそんなもんです。思いやりは忖度と訳され親切は干渉と見做されます。まったく好い時代です。個人主義は飽くまでも自由主義とは違いますが、勝手気儘と生きて行くには好都合な世の中です。人さまのご迷惑にならず手も煩わさず清く正しく美しく、みんながみんなそうやって生きて行くのがこの国のあるべき姿でした。どの辺から崩れ始めたかといえば、所得倍増、高度成長、重厚長大、列島改造辺りだったでしょうか、しょうがありません、自分たちが選んだ道ですから。でも、そう悪くはありません、まだまだ酷いところがいっぱいありますし、美味しいラーメンも食べられます。まぁ、たまにそうじゃないのに当たることもありますが、日頃の精進と諦めるしかありません。GoToトラベルが延長され、警戒ステージなるものが2になるのだそうです。GoToナンタラで外食支援もどうせ追加になるのでしょう、喰いたいものも喰いたいところもサッパリ対象にならなくてもヤッパリ支援なのでしょうか、人の集まるところには行っちゃイカンと言われても人の集まらないところに美味いものなどあろう筈もなく、アンチテーゼと内部矛盾は腹が減ります。

上掲は豊平の一杯でした。

 

 

2050年には温室効果ガスの排出をゼロにするとぶち上げてくれました。見掛けに因らず中々のテクニシャンです。具体的な数値を挙げて敢て宣言と表現しました。ここに山と言うかさびを持ってきて数ある難題を周辺に散ばせ、腹の中にある喫緊の課題には触れません。策士と言うより実務家なのでしょう、繰り出される手が愉しみな政治家です。間違ったと思った時の修正の仕方を見たいものですが、今のところはいくつかの誤謬に対しては勢いで押し切ろうと言う構えに見えます。温室効果ガスにしても、脱炭素社会とは言ってますが二酸化炭素が温室効果ガスであるとの明言は避け、何が温室効果ガスなのかには言及していません。聞いている方が勝手にイメージするだけで、要はコストが安い火力発電を原子力発電にシフト変更すると言っているだけですから、電気の生産のことにしか触れてない訳です。寒冷地の暖房はどうするのか、給湯の為の熱源や厨房の火力が出す二酸化炭素はカウントに入ってない事を願います。自動車はもうすっかり電気自動車が主力のような顔をしていますが、要するにその電気自動車の電気だったり水素自動車の水素だったり車載されるまでの製造エネルギーは莫大なのです。ひょっとしてまた、国内で作らず大陸で造ったものを購入するから、排出はゼロだと誰かが耳元で囁いたのでしょうか。

上掲は市場場外の一杯で、こんなものもありました。

 

核兵器禁止条約が来年の1月に発効されるのだそうです。だからどうしたと言う記事です。バップの無い条約など何の意味もありません。何の効力も無いものが発効されると言うこと自体ギャクか冗談の世界です。これは子供の教育上極めて悪質なプロパガンダです。国連は最早、無用不要の団体と言うより、罪悪を撒き散らす悪の国際結社となり果てていますが、世の覇権主義国家ですら利用価値を見いだせないところまで来ています。偽善はいつも営利団体の常道です。競馬はよく判りませんが、何でも親子揃って一等を取ったのだそうです。足の速いのは遺伝すると言うことで、「シュンソク」という名前の靴を履いたからではないと言う事を証明しました。今年は何でもかんでも中止で、運動会も体育大会も無くなって、お遊戯やら盆踊りばかり見せられて辟易としております。何と言ってもハイライトは校庭で喰う弁当に年に数回しか当たらないバナナを自分で皮をむいて食べるというものでした。全日空が3500人削減するのだそうです。46000人のうちの3500人ですから7.6%に当たります。新入社員は3200人のところ600人にするとのことでこちらは18.7%になります。その上働き続けたい社員の雇用を守ると言いますし、退職金加算もするのだそうで、どこが削減なのか良く判りません。機器類の低減、人員の劣化による業務品質の低下が打開策だと言えないところが自己欺瞞と言えなくもありません。世の中は偽善に満ち、DNAとラーメンは嘘をつきません。

上掲は八軒の一杯でした。

 

 

損をしたのか得をしたのかよく判らないこともあります。人間万事塞翁が馬と、物心ついてからの無責任な訓育は時として人生を狂わせます。馬が居なくなったからと言っても、息子が大怪我をしたからと言っても、其れが凶事だと嘆くことも無く、明るい未来がやってくるかもしれないと言う尊い教えは、一体だれの為になる教えなのか、物事を素直に受け止められなくなって久しい我が身が哀しくなります。神にも仏にも見放されても、れんげはあんを掬い、あんかけは世界を救います。さて今日は何と何をして何処で用事を足したら、ナニをナニしようと思っていたのですが、そのナニが何だったのか思い出せません。そんな日もあります。そんな日がだんだん増えているような気もしますが、どうせ大した用事では無いので余り深くは考えないようにしています。人生何とかなるものです。

 

 

今年の紅葉は殊の外、きれいです。これは朝晩の寒暖差か、季節の移ろいの速さか、夏の暑さが如何にかしたか、宇宙人の仕業かのどれかですが、こんな年は雪が多いのか根雪が早いか、思い切って雪が降らないかですが、武漢菌に比べれば何が如何なっても別に如何って事はありません。バイデン親子は親が親なら子も子ですが、パソコンを修理屋に持ち込んだ切り忘れるとか、女房と娘の顔を忘れるとか、似た者同士のようで下半身の品性も良く似ている様子ですし、仲の好い事です。普通ならとっくに家族に見放される人格ですが、金の力なのか勉強になります。トランプもトランプで20年間税金を払ってないと言うことですので、如何したらそんな事が出来るのか、ぜひ教えて欲しいものだと思いますが、武漢菌で20万人死んだのは大統領の所為らしい米国では、別の人が大統領だったらそんなに死なないで済んだと本気で思っているのでしょうか。少なくてもこの国では死んだのは個人の所為で国の所為でも首相の所為でも無いと思うのが普通ですから、健全な考え方の出来る国に住めて幸せだと思っています。お店の中は未だソーシャルディスタンスの本店です。豊平川沿いの菊水の

飲み屋ばかりの雑居店舗の一角で、通路を待ちスペースに使って、こんな風にラーメン屋が朝っぱらからラーメン1本で客を集めているなんてことは、誰一人として思い着きもしませんでした。面白いですねえ人生は。

 

 

同時通訳という奴はもうちょっと精度を挙げられないものだろうか、売電とトランプそして司会者と三者の通訳が極めて直訳的な語彙と女性通訳者の音程とイントネーションで、ランダムに展開されると、まったく何を言っているのか頭に入って来ません。意味が繋がらないのです。毎度のことですがこのようなライブ映像でこんなレベルだと、制作者側の意図として、内容を伝えたくないと思っているのだろうかと訝しく思えるものです。そもそもが通訳が何処までの精度で翻訳されているのかというところからのスタートですから、同時通訳と言うのは矢張り無理があるかもしてません。主語述語の後に結語が来る文章構造に対し英語では主語の次に結語がきますし、おまけに主語が訳される同時通訳はほぼないと言うことも関係しています。時間を置いて吟味された音声翻訳と文字によるスーパーがあれば好いのかもしれませんが、今のマスコミでは余計な編集が入る恐れがありますから、結局、生の言語で理解するしかありませんが、そんな事をしたらもっと分からなくなります。ですからひとんちの事はテキトーに流して、ラーメンを食べていれば好いのです・。それにしても不思議な支持率です。

 

 

内地では月の輪熊の出没が盛んなようで裏日本ではスーパーに入ってきた躾の悪い熊が退治されたようです。冬眠前の餌のが不足しているのでしょうか、里山の崩壊も一因と思われます。いずれにしても被害者は熊のほうですから、熊の言い分の方が正しいのですが、如何せん賢い方が生き残るのが世の常です。熊と言えば北海道が本場のように言われますが、今年はどうなんでしょうか、近郊には出てきているのでしょうか。今シーズンは記憶にあるのは滝川当たりの住宅地周辺に出たぐらいしかありません。秋刀魚も捕れず、シャケも魚体が小さくヒグマにすら見放されたとなると、もう何にも残っていないように思えますが、気の所為でしょうか。元々、里山など言う気の利いた緩衝地帯を拵える知恵の無かったこの土地の先人たちと同様に今に残された優秀な子孫たちは、出遭い頭的対処の仕方で問題を解決しています。正しくは解決では無く先送り的修正と言うべきなのでしょうが、角の立つ事にはなるべく時間を掛けたくないというのも先人の知恵なのです。かくして近世の150年を費やした事業は此の道都にだけ集約されると言うこととなり、思いの外、寒いところというのはインフラを維持するには金が掛かると言うことに、この南方系民族が気が付くのでした。

上掲は西区のワンコインでしたが、もともと西区はラーメン人口が少ないのでしょうか。熊は結構いるのでが

 

 

好いですなぁ、アノしょぼいビジュアルが戻ってまいりました。ヤッパリ大衆中華はこうでなくてはいけません。知る限りではビルテナント店舗じゃないのは初めてじゃないでしょうか。もの珍しさも手伝って店内は満席です。ずずっとまっつぐ抜けた店のどんつきに通されます。テーブル席が3卓並ぶ小部屋です。前の店の内装其のままの空間は漆喰塗風の内壁に腰高に見切りが走る横に長い部屋ですが、こんな所でタバコでも吸われた日にはひとたまりもない空間です。先客が2名、一卓を占めていましたが、後から案内された私の方へ先に料理が来たのを見て、未だ料理が来てないと催促が始まります。そいつは迂闊でござんしたと泡を喰った格好で運ばれてきたものを見れば、日替わり定食です。原材料の歩留まりを押さえ、客足の回転を上げる戦略メニューです。こいつは明らかに奥へ通したきり忘れ去られていたパターンです。何とも忙しさの中でのデンジャラスシーンのおまけまで付いた好いものを見せていただき、大満足のランチタイムです。

 

 

やっぱり冷やしラーメンは通年商品だと思う。地元のローカル紙はすっかり某党の機関紙気取りでとても分かり易い記事の取り上げ方をしています。主要な記事はやはり某党の機関紙並みの配信記事ですし、近頃は広告も無くめっきり紙面が少ないので、全体としてとてもすっきりしてきました。それでも、テレビ欄とおくやみ欄はとても重要なのでそこだけは重宝しています。そんな機関紙でも記者魂はしっかりと持っているらしく、未だに前政権の事を槍玉に挙げて溜飲を下げています。このところの判り易さの中でも群を抜いているのが学術関連で、学問の自由だ否認理由だと息巻いていた勢いは最早なく、大多数の国民が学者は頭が悪いと感じている事を薄々感じ始めたのか、もう、紙面には載らなくなりました。こんなことでは機関誌としての役目を全うできないと思いますが、そんなことは適当にやってれば好いのでしょうか。もう完全にガースーにしてやられたガクジュツ会議は当初の政権に対する高慢な態度と言動が全国民に対してどのように受け取られたのかすら未だ判っていないようで、そんな意味では戦後日本の背負ってきた勘違いが丸々乗り移った利権団体なのかもしれません。ですから冷やしラーメンは通年だと言っても好いと思うのです。

上掲は南区の一杯です。