「 西郷隆盛 生きてロシアに渡る 」 | 孤舟の多事雑感ブログ

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NHKで

「西郷どん」が放送されています。

愉しく放送をみています。

 

西郷隆盛は

新政府軍内で 「 征韓論 」 を巡る政変で

主導権争いに敗れ、鹿児島に戻り私学校を設立しました。

1877年

私学校の生徒たちが起こした西南戦争で

九州各地を転戦し

同年 9月24日

鹿児島市の城山で 別府晋介の介錯で自害した。

とされています。

 

実は

西郷隆盛は

生き延びてロシアに渡ったという説が

まことしやかに囁かれていました。

 

 

   by  国立国会図書館デジタル

 

 

 

 

西郷らしき巨体(180cm 100kg) の胴体は

自刃直後に見つかり、西郷の首らしきものは土中から発見されたが

発見された場所は

西郷の従者が埋めたとされる場所とは異なっていた。

さらに

西郷の写真が一枚も残っていないことから

「首」が西郷本人の顔である確認が取れなかった。

 

市民に人気のあったことも手伝って

やがて

人々は 「西郷は生きている」 と囁き始め

西郷は生きてロシアに渡ったという噂に発展した。

 

更に

1891年に

ロシア皇太子ニコライの来日が決定すると

「西郷はニコライと一緒に帰国する」 と

真実味を増して噂された。

 

この話は連日 事実のように新聞報道され

明治天皇までが

「西郷が生きているならば 西南戦争で勲章を受けた者たちから

勲章を返してもらわないといけないな」 と冗談に話された。

 

結局

ロシア皇太子ニコライが来日しても

西郷は姿を見せなかった。

 

しかし

この 「西郷は生きている」 の噂を

信じて凶行に及んだ男がいた。

 

西南戦争で叙勲した滋賀県の巡査・津田三蔵は

西郷が生きていれば、叙勲を取り消され

自身の巡査の職も解かれると 思い込み

 

不安になって

ロシア皇帝ニコライをサーベルで襲った。

皇太子ニコライは負傷したが、日本で加療して 無事ロシアに帰国した。

「大津事件」と言われる。

 

西郷隆盛の人気と

彼の国内での存在価値が

いかに重たかったかという

証明でもあった。

 

 to next !

 

 

 

 

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