2012-02-22 22:13:12

『海神別荘』 シネマ歌舞伎

テーマ:テアトル theatre
今日は『海神別荘』(泉鏡花)の歌舞伎(を映像化したもの)を観に行きました。
『海神別荘』のお話は読んでも本当におもしろいですけれど、舞台もますますおもしろかったです。

泉鏡花を読むのが好きな人は、たぶん、はじめからあぁわかると思えてしまう人なのだと思うのです。
よくも悪くも深く考えずに、彼の書く言葉の調子や描かれる世界に、抵抗なく入り込める人というか。
わたし自身がそうなのですけれど。
でも、舞台にするためにはもっと具体的に創造しなければならず、その分、うまいなあと思いました。

『天守物語』の富姫に続いて今回もまた、海に住む公子の言うことはわたしの気持ちにぴったりします。
「あなたは女だ。蛇ではない。けれど、人には大蛇に見える。ただ、そのことは、少しも
幸せに影を落とすようなことではない。」と、海の公子のように声を大にして言いたいです。
それでも鏡花によれば、ちゃんと見ようとする人には真実に近いものが見えるようですし。

よい休日でした。

柚 葉
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2012-01-25 19:59:16

歌舞伎 『天守物語』

テーマ:テアトル theatre
久々、映画館に行きました。歌舞伎の『天守物語』(の映像)を観ました。
泉鏡花が『天守物語』が戯曲だということを完全に忘れていました。でも観ると納得です。

それにしても、富姫の言葉にいちいち同意してしまいます。
わたしはすでに人間の女ではないのかも、と疑ってしまうくらいですよ。
泉鏡花が描く女の人は、女ではない、そもそも女を描こうとしていないと言われ、もっともだと思いますけれど、
なぜか女の(妖怪の)言い分は、いつもわたしの言いたいことであったりもします。

「泣くな、泣くな、美しい人たち泣くな。」の世界に触れて、好きなものの一部分を取り戻しました。
農業も、自然の中で働くのも好きだけれど、それだけでは何かを忘れていくような気がするし、
むしろ自然にあるものたちから遠くなっていくような気になります。
自分の本質がどちらか、と言われたらたぶん間違いなく、泉鏡花の描くような女の(妖怪)の部分だと思いますね。

柚 葉
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2011-03-28 20:10:31

ジャン・ジュネ Les Bonnes

テーマ:テアトル theatre
京都造形芸術大学、ジャン・ジュネの生誕百年記念シンポジウムがありました。
ジュネの最初の演劇 Les Bonnes (1947) 『女中たち』の上演 (演出/渡辺守章 出演/本木雅弘 シアターχ/1995)
の映像を観せてもらいました。どうも有難うございます。

どんな話かと言うと ( 翻訳あります、と思います。)、
女中の姉妹が、奥さまの留守中に、ドレスを着てお化粧をし、奥さまと自分たち(女中)ごっこを演じながら、
二人が旦那さまの犯罪を示す手紙を偽造したこと、悲しむ奥さま、にもかかわらず旦那の釈放、追いつめられる女中たち、
が進行するお芝居と現実のお芝居。

自分たちが感じている辛さと、奥さまを演じてみて見える女中のみじめさ、奥さまへの憎しみ、
それから自分たちにやさしくしてくれるという意識、自分たちの汚れた姿、それに対する嫌悪、
全く反対に美しい奥さま、美しさへの愛が、ごっこをしているうちにドロドロあふれます。

殺したい人を演じ、劇中で本当に殺すって、、、
そう、自分が死ぬということです。まあ、それもお芝居ですが。ロジカルで美しい演劇だと思いますので、ぜひどうぞ。

『女中たち』に関しては、舞台がジュネのテキストを超えないというのが正直な感想です。
目立つもの、見せやすいものは一つの要素にすぎず、
たとえばソランジュのセリフ(独白)を、まるでわが内から発せられるように読むのは、
彼女たちの恍惚を、それからその止まらなさを体験し、十分演劇になってしまうような気がします。

ジュネのものすごい生い立ちと彼のセクシャルな面を強調されすぎることが多く、どうかと思うのですが、
『女中たち Les bonnes』には、他の要素もあり、とにかくテキストに引き込まれます。

柚 葉
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2011-02-20 12:00:06

『苦悩』 マルグリッド ・ デュラス

テーマ:テアトル theatre
春秋座でデュラスの 『苦悩』 のお芝居を観ました。
演出家の一人が、オペラの演出などでも大変有名な、パトリス・シェロー氏でした。
でも、とにかく女優のドミニク・ブランさんが素晴らしいですね。
ほとんど朗読、な舞台を観ながら、テキストを読みなおし、深い理解をするという体験でした。

そもそも原書が日記という形式なので、どうやってお芝居にするつもりだろう?と思っていました。
わたしはデュラスの『苦悩 la douleur』というテキストが大変に好きなのですが
(翻訳は絶版になってます。ドミニク・ブランが演じたようにわたしが訳したい!!! 頭に焼きついてます)、
デュラスおばさんに関して言われていることには戸惑ってしまいます。
興味がある方はすでに読まれていると思いますが、少しだけ説明をしておくと、
『苦悩』 は第二次世界大戦終戦間際に、強制収容所に送られたユダヤ人の夫を待っている間、
それから、夫が奇跡的に帰ってきた後のことをつづった(デュラス自身も書いた記憶がないという)日記です。

このテキストはたぶん、メディアに露出したデュラスとは切り離して、それでもデュラス的な知性を持ち合わせた人でなければ書けない(と言うより、切り離そうがデュラス本人でないと書けない)ような、特別なテキストだとわたしは思っています。
とくにその厳密さ、周りへの注意力、むしろ精神的な限界でこそ発揮されている細やかさなどなど、
それこそ日記を綴ることで得られるもので、大げさで感情的なお芝居をした瞬間になくなってしまうものだと思います。

生きているか死んでいるか分からない人を待つことが空想との戦いであること、
あまりにも理解できる範囲をかけ離れてしまって、待っている自分が自分でないように思われること、
同じ境遇で待っている女の人よりも、自分がずっと意気地なしだと感じられ、意気地無しでいることの苦しみなどなど、
みんなかどうかは自信がありませんが、共感できる人が少なからずいると思います。

演じたドミニク・ブランさんは、『苦悩』 が 「愛の話」 だと言っていましたし、わたしもそう思います。
実際には、夫の帰りを待っている間に、日記に D.として出てくる男の人との間に子供ができて、
夫が生死の堺を乗り越えたあとに離婚するのですが、舞台ではその部分が全面的になくなっていました。
そういうことが起こっていつつも、『苦悩』 というテキストが、想像を絶する状況で、夫を待っている一人の女性の、
真実の愛の話であることに、わたしは同意します。

柚 葉
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2010-11-12 22:15:35

『こうして、、、』

テーマ:テアトル theatre
寒くて、ヴァン(ワイン)ショー(熱い)を作りました。美味。
香りをかぐだけで、いろんな街の幸せなクリスマスマーケットが頭に浮かびます。

先日、ジゼル・ヴィエンヌ (Gisèle Vienne) という人の舞台を観に行きました。
タイトルは『こうしておまえは消え去る』。

舞台の上に何本か樹が立っていました。
そこに、非常に濃い霧が出たり、月が出たり、真夜中になったり。
座席のところまで寒くなったような気がしたら、急に朝が来ていたりと、本当の森でした。
霧を創りだしていたのは、中谷芙二子さんという方です。
霧に包まれてしまうスピードやその濃さが、リアルかつ芸術的でした。

最後には、生きている鷹と大梟が、舞台を横切りました。(本当なのよ!)


お話は、「はっきり言ってつまらん!」と見終わった直後は言いたかった。
出てくるのは、完璧な演技ができなくなっていく新体操の選手と、
自分が死にたかったのに恋人を殺してしまったとわめく若い男。などなど、です。
デニス・クーパーさんというアメリカの作家(兼諸々)さんがこの舞台に参加しています。

舞台の森の中での、ゆっくりとした体操の動きに魅せられました。それが崩れるのでさえ。
だからいっそう、話さなきゃいいのに。。。と思いました。

とはいえ、説明できないけれど、森はちっとも静かではないのです。音もすごかった。

そうか、でも言葉が異質だったからこそ、あの濃い霧があとをひいているのかも。しばらく忘れそうにないもの。
「森が僕を隠してくれると思った」というセリフが途中でありました(正確ではありません)が、
ただ、森と彼らが異質すぎるということを強く感じていました。
(感想として、いろいろ間違っているかもしれません。)

柚 葉
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2010-06-20 09:50:25

海のオード Ode maritime

テーマ:テアトル theatre
クロード・レジ (Claude Légy) 演出の 『海の賛歌(オード)』 を観に行きました。
ジャン=カンタン・シャトラン (Jean-Quentin Châtlain) という役者さんがひとりだけ舞台に立って、
フェルナンド・ペソア (Fernando Pessoa 1888-1935) というポルトガルの詩人の 『海の賛歌(オード)』 を、よむ、
という舞台でした。

立っている役者を通って声になる詩に大変感動しました。「詩って声なんだね~」と思った。
始めの方でわたしはなぜか眠ってしまい、シャトランさんの叫び声でびっくりして起きました。
そうそう、日本語の字幕があって、声はフランス語でした。
翻訳者とクロード・レジが話し合いを重ねて、テキストの本質を見つけながら、フランス語訳を作ったそうです。

クロード・レジが、「『海の賛歌』は800行の俳句みたいなもの」と言っていました。
800行、2時間の俳句・・・。その奥に広がっているものは、果てしなく大きいです。
会えてよかったなぁ。彼を日本に呼んでくださった人々に感謝します。


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2010-06-15 08:36:04

アルルカン Arlequin

テーマ:テアトル theatre
昨日、ディディエ・ガラス の『アルルカン、天狗に出会う』というひとり芝居を観に行きました。
Je suis allé au théâtre pour regarder la piece Arlequin / TENGU de Didier GALACE. J'ai ri aux larmes. Je l'adore !!!!

もうお腹がよじれて涙が出るほど、すごくすごくおもしろかった。

アルルカンというのは、『夜のガスパール』の訳に一度出てきましたが、ひし形のつぎはぎ服を着た道化です。
筋はそのアルルカンが、中国の鍾馗(しょうき)とお酒を飲みすぎて、それから鞍馬で、牛若丸に兵法を教えたという大天狗に会うという話。

彼は仮面をつけてお芝居をするフランス人です。Il joue avec son masque comme des acteurs de nô.
覚えた日本語も(「拙者はアルルカンでござる」って言ってた。)、お能のけっこう長い謡も、狂言風な話し方も、
彼の表現したいことや楽しいことにぴったり合っていて、感動しました。
Le japonais, des parole de nô et de kyogen, tous vont bien avec ce qu'il exprime.

外国人(とくにフランス人)とお能を観に行くと、観終わったあとに「なんで変えないの?」と聞かれます。
「ギリシャの古典劇がテキストしか残っていないから自由に変えられるのに対して、お能は、所作や着物、面など、細かく残っているから」と一応答えるけれど、答えになっていないなあと思っていました。
昨日はそんなお能の部分がとくにわたしには面白くて、かつ所作や道具を伝えることへの尊敬が伝わってきました。
自由って、面白いってなにかしら?と考えます。

それから、上演する国の言葉で演じるということも、かなり気に入っています。
完璧ではなくても分かりやすくなるし、面白いことが増えると思うのです。

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Bisous,
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