『 自分の責任の上に 人生がある。』

 

ゆかまるが いつも 思ってる事ですウシシ

 

 

 

人の噂話や 人の愚痴。

 

そこにあるのが なんだか知ってますか?

 

 

 

それは 『自分の感性』 ですウインク

 

 

 

それぞれの意見は それぞれの感性。

 

自分と言う軸や 自分と言う物差しで 人を測っては

 

自分との違いが 大きい人を 否定する人が居ます。

 

その感性は自由ですが 

 

自分と言う 個人の感性の中での事を 

 

人に あたかも 世間の一般常識から 外れた人間の様に公表し 

 

賛同して貰おうとする 人も居てますよね。

 

 

 

 

ゆかまるは ”人の事を否定する” という行為が

 

とても自分勝手な事だと 思っています。

 

いじめも これと同じです。

 

それが原因で その相手が辛くなって命を絶ったら。。。

 

どうしますか?

 

 

 

自分の責任のもと 発言してるの?って 聞きたくなります。

 

 

 

だいたい人は みんな違います。

 

嫌いな人が居れば 好きな人も 居るし

 

得意な人も居れば 苦手な人も 居る。。。

 

合う人が居れば 合わない人も 居るワケです。

 

 

 

嫌いだったり 合わなかったりすれば

 

否定もしたくなるだろうけど

 

それは あくまでも 『自分とは違うだけ』 なんじゃないですか?

 

 

 

可笑しいとか 間違ってるとか バカだとか最低だとか。。。

 

そんな風に 自分以外の人を 否定するのは

 

可笑しくないかい???

 

 

 

自分の感性が作った世界の中で 判断して行く物事は 

 

決して ”正解” でも 無く

 

決して 全てでは 無いのに。

 

 

 

 

 

”自分の感性が作った世界”を 当たり前の世界として

 

自分以外の人間を 判断するという事は

 

自分の心が 人の虚像を 作り上げているという事です。

 

それは 誰もに ある事でしょう。 

 

ゆかまるは ここまでは それぞれの自由だと思います。

 

 

 

 

でも その虚像が全てだとし 

 

人を否定する自分の心を 正当化すべく 

 

真実の様に 語る事は 大きな罪だと思います。

 

 

 

そしてそれは 親や 長年一緒に過ごしたパートナーなど

 

近ければ近いものほど してはいけない事じゃないでしょうか。。。

 

 

 

自分の世界で作ったモンスターは 

 

あくまでも 自分の世界でだけのモンスターなのに

 

モンスターである事が真実の様に 触れ回る事で

 

人を深く傷つけてしまうという事を 知っていて欲しい。。。

 

 

 

人と関わって 生きて行くならば

 

それぞれが 自分に責任を持って 関わらなければいけません。

 

自分以外の心と時間に 関わって行くのですから。

 

 

 

否定するほどの人間と 関わっているのも自分です。

 

「関わる」 事を 誰が決めたのですか?

 

自分自身が 決めた事じゃありませんか? 

 

関りを絶たなかったのは

 

僅かながらも そこにある蜜を手放せなかったからでは?

 

もしくは 己の小心が 離れる勇気を持てなかったからでは?

 

 

 

 

否定の原因は自分にあるのに 人をモンスターにするのは

 

自己保身以外 何でも無いような 気がします。

 

 

 

 

離れるために 懸命に動いても 離れてくれないストーカーなら

 

自分の世界の中だけのモンスターでは 無く

 

きっと言わずとも 自分以外の人達が モンスターだと 認める事でしょう。

 

 

 

自己保身のための 否定や批判は 大罪だと ゆかまるは思います。

 

人には人の感性や事情があります。

 

まずは 人とは違う自分を認めて

 

そして 自分とは違う他者を 認めて行きませんか?

 

 

 

きっと 笑顔が増えるはずです(*^-^*)