川の流れの渦巻に一度は飲み込まれたが、浮上して向こう岸に辿り着くと、大きな安堵に包まれた。が、「一難去ってまた一難」とはこのことである。川上の方から、先ほどの一群の中の3人の男がやって来た。

岩に寝そべっている私を取り囲むように男たちは立ちはだかった。どの男も肩から腕にかけて刺青を彫っている。その中の一番の兄貴分らしき男―この男だけは背中一面にも刺青があった―が、私に話しかけてきた。


「よぉ、兄ちゃん、泳ぎ巧いのナ?

 あっち来て俺らに教えてくれんか?」


「え、自分がですか?」


顔面から血の気がさっと引く思いで男らの顔を見回すと、どいつもにやにや笑っている。先ほどの川の渦巻く地点で飛び込んでみせろと言うのだ。とてもじゃないが、まっぴらご免だ。


「…自分、泳ぎ下手ですから…

 さっきもそうですが、溺れかけました」。


「おう、えぇ度胸よのう?」


ドスの効いた声で隣の男が言った。私はもう少しでパニックを起こすほどに緊張してガチガチになった。


「兄ちゃん、どや?

 ウチの組に入らんか?

 男磨けるで」。


首領らしき男が言う。


「いえ、そんな滅相もない…

 自分、軟弱ですから、遣いモンにもならんですよ…」


「ほう、そんな軟弱なら俺がバリバリしごいて

 硬派にしてやるぞ」。


男はにやりと笑って言った。


…このままでは拉致されかねない。

恐怖に慄きながらも、…何か突破口を探さねば大変なことになる、と思った。


「…勘弁してくださいよ。

 本当に、俺、ダメですから…

 それに、俺も男ですから、硬くなるのは、こっちだけで十分ですから…」


生まれてはじめて言った下ネタだったが、男は笑って、


「兄ちゃん、オモロイこと言うなぁ。

 えぇわ、堪忍してやる」。


と言い、そして、顎をしゃくりながら「行け」と合図した。


…助かった。

安堵のため息を洩らしながら、一礼し、私は走った。男たちの気が変わる前にさっさと帰ろうと一目散に駆けた。橋まで来ると、灼けたアスファルトが素足を焦がした。


…あち、あちち!

飛び跳ねながら、転びそうになりながら橋を渡り、車に戻るとエンジンを唸らせてその場を逃げた。窓を全開にして軽トラックを走らせた。


昼前に吹いていた湿った風が、今は心地よい風に変わっているようだった。風を頬に受けつつ、生きているんだと

感じていた。


カーステレオにセットしていた音楽が、今も耳の奥に語りかける。


Children, don't do what I have done…


―Mother by John Lennon



《終》




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