迷走の果てに気づいたりわかったりした話をするよ。

迷走の果てに気づいたりわかったりした話をするよ。

何はなくとも、まずは落ち着いて。
心に光を、熱を。
死ぬまで生きろ!


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お久しぶりでっす。

Yasukoです( ´ ▽ ` )ノ


 






すっかり秋ですね。



しばらくモヤモヤしていたことが言語化できたので、アウトプット。







自分より視野の狭い人の説は、自分にとっての事実には成り得ない。



やってることが同じでも、元のキャパが違うから全然違う結果になる。



シングルタスクの人は集中って言うと、目の前にあることだけ、




例えば



PCで表を作っていたら、それだけ。



電話や周りの声が、聞こえなくなるんですってね?



そしてその人たちはその行為を、集中 と呼ぶ。



マルチタスクの人は、



何してたって電話が鳴れば取るし

話しかけられれば答える。



それは、仕事に集中しているから。



自分がここでなすべきことに集中している。



集中って、集めること。



神経を一点に集めて、我を忘れるくらい没頭することだよね?



自分がどう見られるか

こんな自分はダメだ

こんな気遣いできる私ってすごい~♪



なんてクソくだらないことを考えないで、いま目の前にある仕事を見ている。



ちゃんと、集中してるじゃん。



寄り目になって視界50cmになることが、全人類に共通の集中じゃないよ。





誰だってみんな、見えている世界がすべて。



たとえ頭でわかっていたとしても、



視界の外がどうなっているかを知ることはできない。



だから、自分の見えていることを語る。



それはその人にとっては、すべてであり、真実。







だけど、もう少し外まで見えている人にとっては、そういうこともある、けれど絶対ではない。



その差異を考えずに狭い人の意見を信じようとすると、せっかく見えているところの扱いがわからなくなってしまう。



見えていること、わかっていることを、信じられなくなる。



能力があることを、ダメなことのように思ってしまう。



自分の中にはあるのに、見えない人にないものにされてしまうように感じる。




だからさ、



自分は、自分の感じているものを信じよう。



わざわざ外に出してないだけで、感じていることはいっぱいあるよね?


 


むしろよっぽど繊細に感じているよね?


 


それは、事実だよ。








自分より視野の狭い人の説は、自分にとっての事実には成り得ない。



と最初に書いたけれど、



他人の説は、自分にとっての事実には成り得ない。



と言い換えてもいい。



自分とまったく同じだけの視野の人なんていないから。



自分とまったく同じことを感じてくれる人なんていないから。





ちなみに、視野が狭い人とは付き合うの止めましょう、って話ではない。



見下している訳でもない。



視野の狭い・広いは、単純な事実以外の何物でもない。



その人の価値にも影響しない。



もっと成長したいなら、より視野の広い人の話を、



もっと深めたいなら、より視野の狭い人の話を、



聞けばいいと思う。



お友達になるなら、どちらでも。



なんてことを、少しだけ視野広めな人が自分に見える範囲で書いたお話、でした( ´ ▽ ` )ノ

 

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