私は去る4月25日の夕方の首都圏ネットワークに出演して、戦時中に気象管制で天気予報がなくなった時の経験を話しました。この番組は「憲法70年(1)”知る権利”が保障する天気予報」という番組で、NHKの加藤大和という若い記者が憲法の”知る権利”を日常生活の中でどう伝えるかという観点で、天気予報を取り上げたものでした。加藤記者はよく調査したうえで、2回もわが家に来て取材し、この番組を作りました。わずか10分くらいの番組でしたが、大変よくまとまっていて、憲法問題がよく理解できる番組だったと思います。
番組はキャスターの「今、誰でも簡単に知ることが出来る『天気予報』ですが、ひとたび戦争が起きると、軍事機密として隠されてしまうことをご存じでしょうか」という問いかけで始まり、「憲法が施行されて、5月3日でちょうど70年。天気予報を通して、『知る権利』について考えます」とこの番組の目的を明確に示した後で、気象庁の予報現場を映して、日本や世界各地から送られてくる観測データをもとに毎日の天気予報が発表されている様子を伝えました。
ところが戦争が始まると(実際は戦争準備が始まった昭和14年からだが)、これらのデータが秘密にされたことを示す「軍資秘」と赤字で刻印された気象月報を映し、気象データが「すべて軍事的な秘密として扱われ、国民には伝えられませんでした」と解説したうえで、太平洋戦争の開戦の日に軍の命令で「全国気象報道管制」が実施され、天気予報・気象データが隠されてしまったことをテロップで伝えました。
次いで、上智大学の高見勝利名誉教授が登場し、現在は天気予報や気象データは誰でも「当たり前のように知ることが出来る」のは、憲法で「知る権利」が保障されているからであることを語らせたうえで、シリヤの気象電報の入電が激減しているテレメーターを映し、現在でも戦争によって観測データが公開されないところがあることを明らかにします。そして、このような気象データの空白が、日本や世界的規模で天気予報の精度に影響しかねないことを強調し、その例として昭和25年の朝鮮戦争をあげ、その当時アメリカ軍に出向して予報作業に従事していた馬場邦彦氏(92)を登場させ、この戦争によって中国大陸の気象データが隠されたため、天気予報の精度が悪くなったことを語らせています。
その後に私―増田善信(93)が登場し、天気予報が隠されたことで命が脅かさる事態を目のあたりにした事実を次のように語りました。太平洋戦争開戦当時、私は16歳で、京都府の日本海側にある(宮津)測候所に勤務し、天気図の作成や予報に従事していました。観測地点や風向・風速などのデータは5桁の数字、それは今も変わらない世界共通のルールで放送されてきますが、私はその数字がどのデータを指すかを紙に書いて説明しました。例えば「47は日本、402は稚内(401の誤り)など」で、受信した電報をそのまま天気図に記入する直記入の方法を説明しました。
ところが、開戦当日に放送されてきたのは、今までと明らかに違う電報でした。驚いて所長の官舎に跳んで行き、「所長さん、変な電報がきましたよ」と言うと、所長は驚きもしないで「おお、来たか」というのです。私は本当にびっくりしました。所長は前もってこういう事態になることを知っていたのです。所長が金庫の鍵を開けて、そこから真っ赤な表紙の分厚い本を出し、「これが乱数表っていうんだよ」といって渡してくれました。これ以後は、この乱数表に書かれた数字を受信した電文に足し算して気象データを解読しました。この状況を紙に書いて説明した映像が映し出されました。
これ以後、気象データと天気予報は、すべて秘密にされ、住民に伝えることはできなくなりました。住民からは「何で教えてくれないんだ」と言われたこともありました。極めて厳しい気象現象が起こる可能性があると思われる時に教えられなくて本当に心苦しい思いをしましたが、そのことも放送されました。
この番組は最後に、天気予報が隠されたことによって甚大な被害が起きた例として、昭和17年8月の「周防灘台風」を挙げました。この台風は九州の西の海上を北上した後、九州北部に上陸。西日本各地で高潮が発生をしました。気象台は、厳重な警戒が必要だとして、九州に接近する前から暴風警報を発表していました。ところが軍は、ラジオや無線、新聞による伝達を禁止したのです。伝達を許されたのは、台風が上陸した後でした。軍の都合が優先された結果、多くの人が危険にさらされ、1100人あまりが犠牲になりました。
最後に私はみずからの経験から「天気予報、或いは気象資料というのは戦争があると非常に大事なものなんだけれども、一般市民にとってはもっと大事なんだということを痛感していますから、二度とこういう戦争のような状態をつくってはならないんじゃないかと思っています」と語って、私の発言を締めくくりました。
この番組のキャスターはは最後に、「太平洋戦争中には天気予報だけでなく、地震や津波についても情報の公開が制限され、多くの命が脅かされた。知る権利が保障され、天気予報や防災情報に当たり前のように触れることができる意味を改めて考えたいと思います」という言葉を述べ、番組を終えました。
私は発言の最後に,いま問題になっている「共謀罪」についても触れましたが、その部分はカットされました。その点は残念でしたが、この番組は憲法の「知る権利」の問題を「天気予報」という身近な問題を介してとり上げたもので、全体として極めて優れた内容であり、NHKにも加藤記者のような若い有能な記者がいることを示していると思いました。こういう記者を励ますことが重要ではないかと思います。
もちろん、NHKにはまだまだ不満があります。NHKの会長が変わったからといって、すぐNHKの体質が変わるわけではなく、例えば、4月27日の『しんぶん赤旗』に、「NHKニュースが国会質疑を改ざん?」という記事が出ていました。これは3月28日の「ニュース7」ですが、大門実紀史共産党参議院議員が参院決算委員会で、森友学園の籠池泰典氏が「内閣総理大臣付」政府職員あてに送った手紙を示し、安部首相を追及した時の首相とのやり取りを放送した時のニュースでした。このニュースでは、首相の回答を長々と流し、大門氏を論破したかのように放送しましたが、それは大門氏の3人後に質問した他党の質問に対する安倍首相の回答だったのです。
このようにNHKは必ずしも公正な取り上げ方をするメディアではありません。特に、5月3日の「憲法記念日」には安倍首相の「憲法九条を改定して自衛隊について書き込み、海外での武力攻撃を文字通り無制限にする」という改憲案を長々と解説するなど、公共放送の資質が問われる点が多々あります。しかし、私を取材した記者のように、本当に優れた若い記者も少なくありません。こういう若い記者を励まし、その力でNHKを変えていくことも必要ではないかと思います。どうか、こういう記者もいることを知っていただいて、励ましてやってください。
なお、この放送は首都圏だけでしたので、首都圏の友人・知人には放送前にお知らせしましたが、その他の地域の方々にはお知らせしませんでした。そこで、録画はありませんが、放送された全文がNHKのホームページに残されています。以下のように書いてインターネットで検索すると放送したものがそのままご覧になれますのでお知らせします。
NHK 2017年4月25日 首都圏ネットワーク 憲法70年(1)
で検索すると、「4月25日放送 憲法70年(1)”知る権利”が保障する天気予報」 社会部記者 加藤 大和氏の写真 が出て、その後に放送内容のすべてが見られます。(2017・5・5)