4年が過ぎた。
被災地の方々を思えば、それが「もう」なのか「まだ」なのかはわからない。
ただ、あの春、自分の中に今までにない想いが芽生えたことだけははっきりしている。日々の出来事に流されながらも、3.11が来るたびに、それを忘れてはいけないと思う。

本当にあの震災以来、今まで当たり前だと思っていた何もかもがとても危うく頼りないものに感じられ、この毎日はいつ壊れてもおかしくないんだなと、あらためて思い知らされた。

でもその中で、自分が本当に伝えていきたいのは何か、考える機会にもなった。今の自分にできることをできる限り、ひとつひとつやっていくしかないんだなと。そんな意味で、会社を辞めて5年目にして、それまでとは少し違う春を迎えたような気がした。

あの春から、私は「学校」という場所に席を置き、新たな役割とミッションのもと、チャレンジの日々に足を踏み入れた。
それまでの私は、とても怖がりになっていた。会社を辞めた時のトラウマで、人を信じる気持ちや人と向き合う勇気が萎えていたし、否定されたり反論されたり傷つけられることを恐れていた。「羽が折れて飛べないんだ」って自分に言い訳してた。

でも、あの4年前の春、本当に「怖い」ことが何かを目の前に突き付けられ、自分にもいつそういう出来事が起こるかわからないんだって思ったら、もうグズグズしたり、しりごみしたり、躊躇したり、そんなことしてる時間がもったいないって思えた。そうしたら、また立ち上がることができた。

「コミュニケーション」というテーマについて、もう一度自分が教わる側の立場になって勉強しなおす場にも足を運んだ。それ以前から参加していた「学生×企業」コラボのプロジェクトも、その中心となるのはデザインやモノづくりの技ではなく、むしろほとんどがコミュニケーションのプロセスなんだというのが、やってきた中での実感だった。
自分がいる意味も、きっとそこにあるんじゃないかと思えたから。

この4年間、与えられた環境と求められる目の前の課題には精いっぱい応えてきたと胸をはれる。ただ、私の弱さはすぐそこに依存してしまうこと。会社時代と同じ轍を踏みそうになってた。周りのせいで身動きできないような妄想のオリを、自分で勝手に作って立ち止まってた。私がそうしたくて、私が大切だと信じて、私が私の存在価値を見出したくて、だからやってきたことなのに。ただそこに向かってチカラを尽くせばいいだけなのに。

思い出させてくれてありがとう。
今、あらためて、あの春に抱いた想いをもう一度かみしめよう。