私はオンナとしては珍しい部類なのかもしれないが、噂話や井戸端会議的なものがどうも好きではない。そんなのどーーーーーだっていい、と思ってしまう。
プレゼンだったらけっこうできる方だと自負しているが、特に着地点のない、いわゆる世間話もあまり得意ではない。
人間に興味がないんだろうか・・・と自問することもあるが、私にとっての真実は、やっぱり「目の前にあるもの」だけなのだ。自分の目で見て耳で聞いて感じたことだけしか信じたくないのかもしれない。
ITメディア最強のこの時代に、「な~に寝ぼけたこと言ってんだよ」ってつっこまれそうだが、これはもう生理的なものと言ってもいい。この際、開き直って「デジタル・コミュ障」を名乗ろう。
こうしてここに書いている行為にしても、不特定多数に向けて伝えたいメッセージなんて、私には何もない。ただ、伝えたいと思った「誰か」に向けての自分の想いを、どこかに残しておきたいだけだ。そして、偶然それを読んだ人がどう受け取るか、そこで何か感じてくれるとしたら、それはその偶然に委ねようと思えるようになって、ようやく“今さら”な遅まきデビューである。
例えば、相手から強い不満や難しい要求などを突き付けられるような場面。
そうした時、私たちの心の中にはどうしても自己防衛本能が働いて、過剰に身構えたり警戒したり理論武装したりしがちだ。特に、人づてに尾ひれがついた話で伝えらえたり、SNS上で情報が流れたりしようものなら、もういろんな被害妄想や勘繰りや疑心暗鬼がふくらんで、相手がまるで理不尽なクレーマーでもあるかのように対峙してしまうことがある。
けれど、「本当のこと」はいつも目の前にある。
どんな文句でも苦情でも訴えでも、相手の目を見ながら「その心は?」って繰り返し問いかけてみる。目の前にいる相手と目の前できちんと向き合って、その言葉や表情の奥にある気持ちを真摯に見つめることだけが、答えにたどりつく唯一の道だと思っている。
プレゼンだったらけっこうできる方だと自負しているが、特に着地点のない、いわゆる世間話もあまり得意ではない。
人間に興味がないんだろうか・・・と自問することもあるが、私にとっての真実は、やっぱり「目の前にあるもの」だけなのだ。自分の目で見て耳で聞いて感じたことだけしか信じたくないのかもしれない。
ITメディア最強のこの時代に、「な~に寝ぼけたこと言ってんだよ」ってつっこまれそうだが、これはもう生理的なものと言ってもいい。この際、開き直って「デジタル・コミュ障」を名乗ろう。
こうしてここに書いている行為にしても、不特定多数に向けて伝えたいメッセージなんて、私には何もない。ただ、伝えたいと思った「誰か」に向けての自分の想いを、どこかに残しておきたいだけだ。そして、偶然それを読んだ人がどう受け取るか、そこで何か感じてくれるとしたら、それはその偶然に委ねようと思えるようになって、ようやく“今さら”な遅まきデビューである。
例えば、相手から強い不満や難しい要求などを突き付けられるような場面。
そうした時、私たちの心の中にはどうしても自己防衛本能が働いて、過剰に身構えたり警戒したり理論武装したりしがちだ。特に、人づてに尾ひれがついた話で伝えらえたり、SNS上で情報が流れたりしようものなら、もういろんな被害妄想や勘繰りや疑心暗鬼がふくらんで、相手がまるで理不尽なクレーマーでもあるかのように対峙してしまうことがある。
けれど、「本当のこと」はいつも目の前にある。
どんな文句でも苦情でも訴えでも、相手の目を見ながら「その心は?」って繰り返し問いかけてみる。目の前にいる相手と目の前できちんと向き合って、その言葉や表情の奥にある気持ちを真摯に見つめることだけが、答えにたどりつく唯一の道だと思っている。