8年前、会社を辞めたばかりで初めて学生たちの前に立った時、正直言うと私はまだ彼らを恐れていた。
若さゆえのイノセンス、混じりけのない視線が自分を射るようで、見透かされているような気がして、まともに受けとめる勇気がなかった。何よりも、傷つけられることが怖くてバリアをはった。
オトナの対応で無難にやり過ごしてはいたけれど、彼らとの関係を楽しめるまでの気持ちにはとてもなれなくて、授業時間が終わるとすぐに逃げるように学校を後にした。
そんな日々が半年余り過ぎたある日、後期から授業を受け持ち始めたクラスの女子学生たちが、教室に向かうエレベーターの前で私に声をかけてきた。
「先生、みんなの顔と名前、もうちゃんと覚えたー?」
自分の授業を受けてる学生かどうかの見極めもさだかでなく、授業の雰囲気もまだ固かったその頃、
「大変だよねぇ、人数多いから。似たような名前ばっかりだしね~」
そんなふうに、彼女たちの方が私をほぐしてくれた。
何をしてあげた訳でもないのに、特に親しく話したこともないのに、
「先生大好き~!先生の話を聞いてるのが好き!」って、みじんも臆せず気持ちをぶつけてくる子がいることを知った。
「先生のプリント、全部手作りだよね。いいよ、絶対この方がいい!」って、そんなところまでちゃんと見てくれてる子もいるんだとわかった。
「いい子」「頑張り屋」「聞き分けのいいお利口さん」な自分でなければ愛される価値が無いんだと、小さい頃から無意識に思い込んできた。
会社での挫折を経験し、もう自分には何もできないんじゃないかという縮こまった自意識から抜け出せずにいた私が、むしろ距離をとってさえいたはずの学生たちから、誰かを受け入れたり信じたりすることに理由なんかいらないんだと、初めて気づかせてもらった。
その後のこと。
授業の感想で「板書の字が小さい」ってクレームが殺到した時、それをちゃんと教えてくれたことを学生たちに感謝して、「先輩たちのクラスでは誰からもそんなの言われたことなかったのに、それだけみんなは私の小さな字を一生懸命読もうとしてくれたマジメな人たちなんだね」って話したら、「先生、超ポジティブ~!」って学生たちがほめてくれた。ひねくれモノの私が自分でも驚くほど素直にうれしくて、自己開示下手でもようやく本音を見せられた出来事だった。
あれからいろんな学生に出会った。いろんな場面につき当たった。
今ならあらためて、「信じていいんだ、信じることからすべてが始まる」と思える。言うこときかない子も居眠りしちゃう子も悪ふざけする子も、本当はみんなこっちを見てる。信じていいオトナかどうか、怖いのは彼らも同じ。飛び越えて向き合わないとね。
今年も桜吹雪が舞う季節。
若い頃は、草や木がいっせいに芽吹いて虫がうごめき始める春が、なんだか気持ち悪くて好きになれなかったけれど、歳を重ねてようやく、人も自然も太陽を目指してまっすぐ育っていく様やその力強さが、心から美しいと思えるようになった。
私もこの場所でみんなに育ててもらったんだね。一緒に育つシアワセ、忘れないで今日を生きよう。
若さゆえのイノセンス、混じりけのない視線が自分を射るようで、見透かされているような気がして、まともに受けとめる勇気がなかった。何よりも、傷つけられることが怖くてバリアをはった。
オトナの対応で無難にやり過ごしてはいたけれど、彼らとの関係を楽しめるまでの気持ちにはとてもなれなくて、授業時間が終わるとすぐに逃げるように学校を後にした。
そんな日々が半年余り過ぎたある日、後期から授業を受け持ち始めたクラスの女子学生たちが、教室に向かうエレベーターの前で私に声をかけてきた。
「先生、みんなの顔と名前、もうちゃんと覚えたー?」
自分の授業を受けてる学生かどうかの見極めもさだかでなく、授業の雰囲気もまだ固かったその頃、
「大変だよねぇ、人数多いから。似たような名前ばっかりだしね~」
そんなふうに、彼女たちの方が私をほぐしてくれた。
何をしてあげた訳でもないのに、特に親しく話したこともないのに、
「先生大好き~!先生の話を聞いてるのが好き!」って、みじんも臆せず気持ちをぶつけてくる子がいることを知った。
「先生のプリント、全部手作りだよね。いいよ、絶対この方がいい!」って、そんなところまでちゃんと見てくれてる子もいるんだとわかった。
「いい子」「頑張り屋」「聞き分けのいいお利口さん」な自分でなければ愛される価値が無いんだと、小さい頃から無意識に思い込んできた。
会社での挫折を経験し、もう自分には何もできないんじゃないかという縮こまった自意識から抜け出せずにいた私が、むしろ距離をとってさえいたはずの学生たちから、誰かを受け入れたり信じたりすることに理由なんかいらないんだと、初めて気づかせてもらった。
その後のこと。
授業の感想で「板書の字が小さい」ってクレームが殺到した時、それをちゃんと教えてくれたことを学生たちに感謝して、「先輩たちのクラスでは誰からもそんなの言われたことなかったのに、それだけみんなは私の小さな字を一生懸命読もうとしてくれたマジメな人たちなんだね」って話したら、「先生、超ポジティブ~!」って学生たちがほめてくれた。ひねくれモノの私が自分でも驚くほど素直にうれしくて、自己開示下手でもようやく本音を見せられた出来事だった。
あれからいろんな学生に出会った。いろんな場面につき当たった。
今ならあらためて、「信じていいんだ、信じることからすべてが始まる」と思える。言うこときかない子も居眠りしちゃう子も悪ふざけする子も、本当はみんなこっちを見てる。信じていいオトナかどうか、怖いのは彼らも同じ。飛び越えて向き合わないとね。
今年も桜吹雪が舞う季節。
若い頃は、草や木がいっせいに芽吹いて虫がうごめき始める春が、なんだか気持ち悪くて好きになれなかったけれど、歳を重ねてようやく、人も自然も太陽を目指してまっすぐ育っていく様やその力強さが、心から美しいと思えるようになった。
私もこの場所でみんなに育ててもらったんだね。一緒に育つシアワセ、忘れないで今日を生きよう。