私の子供時代の記憶には、あちらこちらにソフトボールが散らばっている。家の中にはボールやグローブが転がり、洗濯物には常に何種類かのユニホームやアンダーシャツやストッキングなどが混じり、そして晩酌とともに始まる父の野球解説・・・。それはあまりにもフツーの日常生活であり、その意味や理由をあえて問うこともなかった。
ただ、幼い娘には休日の家族のレクリエーションがなぜキャッチボールなのかが理不尽だったし、父の背中を見ながらごく自然に野球少年への道を歩んでいった弟に目を細め肩入れする家族の中で、密かな疎外感すら覚えていた私には、「飛雄馬の姉・明子」役はとてもじゃないができなかった。
そんなわけで、時折大挙して我が家にやってくる父のソフトボール仲間達も、思春期の私にとって、ただのうるさい酔っ払いオヤジの集まり(失礼!)に他ならなかった。
しかし、その後実家を離れ、嫁にも行き、仕事でも人並みに波風をくぐった私が、今、ふと目をやってみると・・・なんとこのオヤジたちは未だにやっているではないか!私が子供の頃と同じように嬉々として、無邪気に、しかも大マジメに・・・!その尽きないエネルギーと、年齢を超越した「好き」のパワーには圧倒される。
ある意味、娘時代の「天敵」だったソフトボールクラブの記念誌編纂を手伝ってみようかという気になったのは、おそらくそんなことだったかもしれない。案の定、完璧「一人編集部」状態ではあったが、自分の子供時代の家族の物語をあらためて読み返しているかのような気分を味わわせていただいた。
今、国家の大義も、経済の「右肩上がり」神話も、社会の理想も何もなくなったかのように見えるこの時代に、幸福のカタチというのはもはや人それぞれの価値観でしか語りようがない。「好き」のパワーに身をゆだね、それを全うしている「永遠の野球小僧たち」のシアワセな人生に、心からエールを贈りたい。