「ここでいいのよね?」
(何だか、入りづらい雰囲気・・・・)
放課後。癒芽は翠鴎の店の前に立っていた。
癒芽自信は、まだ此処が翠鴎の店(家)と思っていないようだ。
そこは、他の場所とは雰囲気が違った。
周りの家は日が照っているのに、そこだけは日が当たらず、涼しい風が吹いていた。
ガラッ
癒芽がチャイムを鳴らすか鳴らすまいかと迷っていると、急にその家の戸が開いた。
戸を開けたのは、誰なのだろう。開いた戸から見えるのは、家の奥。
そこには一匹の黒猫しかいなかった。
「あ・・・えーっと。お、おじゃまします」
癒芽が靴を脱ぎ家へ上がると、その黒猫が癒芽の側へ寄ってきた。
「あ、案内してくれるの?」
「みゃーう」
チリンチリンと首に付けた鈴を鳴らしながら、黒猫が鳴く。
「ありがとう」
ついて行くと、黒猫は襖の前で歩みを止めた。
「・・・」
黒猫は癒芽に振り向き、癒芽を見つめた。
「ここで、いいの?」
「みゃー・・・」
黒猫は、まるで癒芽に返事をするかの様に鳴く。
癒芽はゆっくり、音もなく襖を開けた。
「あ・・・」
そこには、着物姿の翠鴎がいた。
翠鴎は学校での雰囲気とはどこか違い、静かにたたずんでいた。
「来てくれてありがとう。浪川さん」
にっこりと微笑む姿だけは、いつもと変わらない翠鴎だった。
「ううん、いいの。それより、どうして私を?」
癒芽にはさっぱり分からなかった。
そこまで仲がいい訳でもない癒芽を、なぜ翠鴎は呼び出したのか。
不思議で仕方なかった。
「『石田澪』について。話がしたかったのよ」
=続く=