「浪川さん。ちょっといいかしら。」
放課後。翠鴎が癒芽に話しかけた。
教室には、癒芽と翠鴎しかいないようだ。
「何?」と振り向いた癒芽は、少し元気が無かった。
「あっ、朴さん。今日は、鈴くんと一緒じゃないのね。」
『苦笑』と言うのだろうか。癒芽は、心からの笑顔とは程遠い笑顔を見せた。
「えぇ。鈴も、たまには一人になりたいんだと思うわ。
その点で言うと、私達って状況が似ている気がしない?」
翠鴎はそう言うと、ニコっと笑って見せた。
「似てる・・・のかな。あのね、この頃石田の様子が変なの。
いつもみたいに飛び掛ってこないし、私の事『浪川』って呼ぶし・・・」
「寂しい・・・のね?」
「!?・・・寂しくは、無いわよ。」
翠鴎はその言葉を聞くと、大きなため息をついた。
「もうちょっと素直になったら?そんな調子だから、石田君が素っ気無くなったんじゃないの?」
さすがに、癒芽もその言葉には傷ついたのか、気がつくと
「なんで、朴さんにそんな事言われなきゃいけないのよ?!朴さんには、関係ないでしょ!」
と翠鴎に怒鳴っていた。
「あっ、ごめん。この頃イライラしてて・・・」
「いいわよ。気にして無いから。それより、本題なんだけど。
明日、ここに来てほしいの。」
そう言って、翠鴎が癒芽に手渡した物は一枚の紙だった。
「放課後でいいから。お願いね。」
そう言い残して、翠鴎が帰っていった。
独り教室に取り残された癒芽は、「私も帰ろう。」と教室を出た。


「アイツ、浪川に何を吹き込んだ・・・・?
俺の願いに対等な対価は、払ったはずなのに・・・・なぜ、俺の邪魔をする。」
癒芽が教室から出てすぐ。廊下の影から、鳶樹の姿が現れた。
癒芽達の会話の様子を窺っていたようだ。
「浪川は俺の物だ・・・石田なんかに渡して堪るか。」
 ガンッ
鳶樹が、掃除用具入れを思い切り蹴る。
廊下にその音がこだまする。


 『此処にはお前しか居ない。』


深いオレンジ色に染まった校舎は、鳶樹にそう告げていた。


  =続く=